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数理的発想法8 「目に見えないもの」から天の川銀河の「地図」をつくる 文:仲俣暁生

天の川銀河の地図から「事象の果て」へ

木村榮記念館に保存されているドイツ製の眼視天頂儀
木村榮記念館に保存されているドイツ製の眼視天頂儀

 天の川銀河のなかに散在し、強い電波を放つ「メーザー」とよばれる天体の距離を測定してきたVERAは、いくつかの目覚ましい成果を挙げている。そのひとつが、「天の川銀河の基本尺度」の更新である。

 2013年の「天の川銀河系の精密測量が明かすダークマターの存在量」という研究成果発表で、本間さんを中心とする研究チームは、太陽から天の川銀河の中心までは2万6,100光年、太陽系での銀河回転の速度は秒速240キロメートルであることを明らかにした。

 それまで銀河系は秒速220キロで回転していると思われていたが、実際はそれより毎秒20キロも速いことが判明したのである。その結果、「天の川銀河の質量」はこれまでより2割ほど重たいことになった。これによって本間さんたちは、宇宙の重さの大半を占める「暗黒物質(ダークマター)」とよばれる不思議な物質の謎にも、一歩近づいたのだ。

 光学望遠鏡による観測結果と違って、電波天文学には目で見てすぐわかる華やかさはない。コンピュータ上に、数値として乗るだけだ。そのデータをもとにコツコツと天の川銀河の「地図」をつくるというのは、とても息の長い地味な仕事である。本間さんはどういう面白さやモチベーションをそこに感じているのだろう。

 「研究者のモチベーションは、5年後とか10年後にはこんなことができたらいいよね、という長期的なものなんですね。たとえば暗黒物質は、その真理に迫れたら研究者として素晴らしい大きな謎です。ただ、われわれは暗黒物質を直接観測しているわけではない。星を観測することで、天の川銀河の回転のスピードを測り、そのことで銀河の重さがわかる。そこから間接的に暗黒物質のことがわかるわけですが、その解明にVERAがなんらかの貢献ができたらと思います。

 人間の体を構成するさまざまな元素は、何十億年か巻き戻すと、どこかの星のなかにかならず行き着きます。ビッグバンが起きた後、宇宙には普通の元素よりも暗黒物質のほうがたくさん生じた。重力によってまず暗黒物質が集まり、次に普通の元素のガスが集まって銀河ができ、恒星ができて、惑星ができ、そこに生命がうまれた。宇宙の歴史を巻き戻していくと、人間と宇宙はつながっているんです」

 暗黒物質も銀河系の中心にあるとされる巨大なブラックホールも、その存在は確実視されているが、実際に目に見ることはできない。その謎を解くことは、宇宙や人間をめぐる本質的な謎の解明につながる。

数理的発想法

 「いまは学問が非常に細分化されていて、天文学でもそれが行き過ぎると、『私は銀河系のこのへんの天体の専門家です』というけれど、その星が空のどの星座にあるのかと聞かれてもわからなくなったりするんですね。

 私は小学生が尋ねてくるような、たとえば『宇宙人はいますか? どうやったら見つかりますか?』というような素朴な質問に答えたいんです。実はそういう疑問に答えることが、いちばんむずかしい。問いによっては、いまの科学のアプローチに乗るか乗らないかの瀬戸際のものもあるんです。いますぐには答えられないけれど、一生かかって研究したときにそのひとつにでも答えられれば、研究者としてある種の成功なんじゃないかな、と思っています」

 VERAとは別に本間さんが取り組んでいるEHT(Event Horizon Telescope)とは、ブラックホールを見るための望遠鏡をつくるプロジェクトであり、Event Horizon、つまり「事象の果て」とは文字どおり、私たちが観測できる極限の世界を意味する。

 銀河の立体地図つくりをとおして、宇宙の本質にせまろうとする本間さんたちのアプローチは一見地味に見えるかもしれない。でも「地図」は、みずからの住む世界の姿を知るために、さらに既知の世界から未知の世界に漕ぎだすときに、欠かせない道具である。星からの電波や暗黒物質、ブラックホールなど、宇宙に存在する多くの「目に見えないもの」は、まさにその「未知」の象徴なのである。

本間希樹 Mareki Honma
国立天文台 准教授

米国テキサス州生まれ、横浜育ち。東京大学理学部天文学科卒、博士(理学)。国立天文台助教を経て、2007年より現職。総合研究大学院大学天文科学専攻准教授併任。専門は、電波天文学、銀河系天文学。非常に高い視力を持つ超長基線電波干渉計(VLBI)の技法を活かし、未知の宇宙の姿を描き出すことをめざしている。現在、天の川銀河の精密な測量を行う国立天文台のVERAプロジェクトや、超巨大ブラックホールの直接撮像をめざす国際サブミリ波VLBIプロジェクト(EHT)などを推進している。

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