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数理的発想法8 「目に見えないもの」から天の川銀河の「地図」をつくる 文:仲俣暁生

賢治も訪れた緯度観測所からVERAへ

明治時代に設置され、宮沢賢治も訪れた緯度観測所の建物の一部は木村榮記念館として現存
明治時代に設置され、宮沢賢治も訪れた緯度観測所の建物の一部は木村榮記念館として現存

 電波天文台というと、たくさんのパラボラアンテナが並ぶ野辺山の国立天文台のように、つい高地にあるものだと思ってしまう。だが、現在はVERAの拠点のひとつとして、20メートルと10メートルの2つの電波望遠鏡が置かれている水沢VLBI観測所は、標高100メートル程度。しかも市街地からさほど離れていないところにある。

 その理由は、野辺山の国立天文台にある電波望遠鏡は、「ミリ波」と呼ばれる波長の短い電磁波をとらえるのに対し、水沢の電波望遠鏡がとらえるのは「センチ波」とよばれる波長の長い電磁波だからだ。前者が大気の影響を受けやすいのに対し、後者は受けにくい。さらに水沢の電波望遠鏡は、観測対象である天体(メーザーと呼ばれる)と、その位置を正確にとらえるために参照される天体(クエーサーなど)を同時に測量できる「2ビーム」という世界でもユニークな方式を採用しており、大気による星のちらつきを補正することができる。

 ところで、水沢VLBI観測所の歴史は意外にも古い。1899年(明治32年)に、この地に置かれた臨時緯度観測所は、国立の天文観測施設としては1888年(明治21年)にできた帝国大学附属東京天文台につぐ歴史をもつものだ。現在もその当時の建物が記念館として残されている。

 緯度観測所の設置には国際的な背景があった。当時、北米からユーラシア大陸にかけての北緯39度08分にある水沢を含む6つの場所に緯度観測所が設けられ、国際的な測地学の研究が行われた。指揮をとったのは、国際的な天文学者・測地学者として知られ、この観測所の初代所長となった木村榮(ひさし)である。木村は「Z項」の発見者としても知られ、日本の測地学が国際的な水準にあることを示した。宮沢賢治が「風の又三郎」の前に書いた「風野又三郎」という作品にも木村は登場している。また実際に賢治は、この観測所を訪れたことがあるという。

 水沢では1980年代まで緯度観測が行われていたが、観測手段は光学望遠鏡から電波望遠鏡へと変わった。1988年に東京天文台ほかと合併して「国立天文台」に改組された時点で明治以来の緯度観測のミッションは終了し、電波望遠鏡によるVERAの活動拠点となった(2009年に現在の名称になる前は、水沢VERA観測所とよばれていた)。

プログラムを書くときがいちばん"研究"をしている

 東京から水沢に場所を移しての2度目の取材のせいか、本間さんは前回より少しリラックスしている印象だった。そこで、個人史を少しうかがってみた。

 高校卒業後、東京大学理科一類に進学。専攻を決める際、普通のサラリーマンよりも面白そうだという理由で、研究者になることを決めた。

 「物理が好きだったので、そのなかでいちばん大きなことをやりたくて宇宙をテーマにしました。素粒子も面白そうだったけれど、小さい世界よりも大きいのがいいな、って」

 子どもの頃から星は好きだったが、それほどマニアックな天文少年というわけではなかったという。

 「父親にたのんで天体望遠鏡も買ってもらったんですけど、育ったのが横浜で、あんまり星が見えないんですよ(笑)。ただ、子どもの頃にカール・セーガンの『コスモス』が流行って興味をもったし、スペースシャトルが打ち上げられて地球に帰ってくるときは、夜中にごそごそ起きだして着陸の様子をテレビで見たりしていました」

 兄の影響で、子どもの頃からコンピュータのプログラミングに親しんでいた。

 「中学のときに親にPC-8801というパソコンを買ってもらって、CPUに直接指示を出せるマシン語(機械語)のプログラムを書いたりしていました。兄貴がそういうのが好きだったんですね。とはいっても、画面に線を引いたり丸を描いたりとか、そういうレベルですけど、コンピュータの概念をそこでずいぶん勉強しました。そのせいか、いまでも最後のデータ解析は自分でプログラムを書かないと気がすまないんです(笑)」

 いまも、研究をしていることをもっとも感じるのは、プログラムを書いているときだという。

 「電波望遠鏡から出てきたデータは、こういってはなんですが、そのままではゴミだらけです。そこから意味のある信号をうまく引っ張り出すというのが、まずは勘所なんですね。この部分は捨てたほうがいいとか、この部分はキャリブレーション(補正)しなきゃいけないというのを、経験と勘にもとづいてやっていく。そのときに、私は自分でつくったプログラムで、ちょっとした計算をしてみるんです。

 パラメーターを入れるだけで天体写真がでてくる出来合いのソフトもあるけれど、私はそれをつかうのが性に合わないんです。一つひとつの過程でなにが行われたか、プログラムを走らせる前とあとの状態をチェックしていくと、そこに重要な発見や新たな展開があることが多いので、データをつねに見ることを心がけています」