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数理的発想法8 「目に見えないもの」から天の川銀河の「地図」をつくる 文:仲俣暁生

いつの時代も、創造性の核には個人の「発想」があった。
「発想」をかたちにするには技術のたすけが必要だが、
情報通信技術の発展は、そのプロセスを大きく変えた。
「発想」にはじめから、技術がビルトインされるようになったのだ。
そうした発想のあり方を、かりに「数理的発想法」と名づけてみた。

今回ご登場いただく国立天文台水沢VLBI観測所准教授の本間希樹さんは、
銀河系の三次元的な地図を作成するVERAプロジェクトの科学者チームのリーダーだ。
私たちの住む天の川銀河の姿は、じつはまだよくわかっていない。
地図づくりは、銀河系を超えた宇宙の本質的な姿に迫るための道筋でもある。
今回のキーワードは〈見えないものへの好奇心〉である――。

 電波天文学の最新の観測手法として、遠隔地に配置した複数の望遠鏡をひとつの巨大な電波望遠鏡として運用する、VLBI(Very Long Baseline Interferometry 超長基線電波干渉計)というものがある。国立天文台が2003年に運用を開始したVERA(VLBI Exploration of Radio Astrometry)プロジェクトは、この手法をもちいて、われわれの住む地球や太陽系が属する天の川銀河系の三次元立体地図を作成することを目的としている。このプロジェクトで科学者チームの指揮をとるのが、今回ご登場いただく本間希樹さんである。

 観測の基本は地上の場合と同じで、三角測量だ。観測対象物と、2つの観測地点がかたちづくる三角形の測量を繰り返すことで「三角網」とよばれる、精度の高い地図をつくっていく。江戸時代に日本全図を作成した伊能忠敬の方法もこれだった。

 遠方の天体を三角測量する場合は、地球が太陽のまわりを1年かけて公転するときの半径(約1億5,000万キロメートル)によって生じる「年周視差」が利用される。当然、遠くの天体であればあるほど測定には高い精度が必要となる。レンズや鏡をもちいた光学望遠鏡では観測できない微弱な電波を受け止めるために活躍するのが、電波望遠鏡である。

 本間さんの活動は、VERAにとどまらない。本間さんは、銀河系の中心にあると想定される巨大ブラックホールを「サブミリ波」という波長の長い電波によって撮影することをめざすEHT(Event Horizon Telescope)という別の国際プロジェクトにも関わっている。

 さらにこうした活動の成果を、講演や出版物、放送番組への出演をつうじて社会に伝える、いわゆる「科学コミュニケーション」の活動にも熱心だ。そもそも私が本間さんの存在を知ったのも、『おしゃべり科学―ひと晩で理系になれる最先端科学講義集』(奥本素子著、カンゼン刊)という本での、電波天文学についてのわかりやすい解説に目を見開かされたからだ。

 この本で本間さんは、暗黒物質(ダークマター)やブラックホールといった「目に見えないもの」を明らかにすることについて熱心に語っていた。この人に会って、宇宙の話をもっと聞いてみたいと思った。

4つの望遠鏡を組み合わせた巨大電波望遠鏡

数理的発想法

 VERAの拠点は日本国内の4カ所、岩手県の水沢局(奥州市)、鹿児島県の入来局(薩摩川内市)、沖縄県の石垣島局(石垣市)、そして東京都の父島局(小笠原村)である。それぞれに同型の20メートル電波望遠鏡が置かれ、全体で直径2,300キロメートルという、きわめて長い「基線」をもつ電波望遠鏡として機能している。その性能がどのくらいかといえば、「天体の位置を10マイクロ秒角(3億6,000万分の1度)という超高精度」で計測でき、この角度は「月面上に置いた1円玉を地球から見たときの見かけの大きさ」(VERAの公式サイトより)に相当する。

 本間さんの組織上の所属は水沢VLBI観測所だが、ふだんは国立天文台の本部である三鷹で仕事をしている。水沢と三鷹、それぞれの役割分担から話をうかがった。

 「水沢では実際に望遠鏡を動かしているので、研究者のほかに、アンテナや関連する測定装置を保守・維持管理する技術スタッフが大勢います。三鷹のほうは、そうやって得た観測データを電算処理して、研究論文を書いたりほかの研究者と議論したりすることで、サイエンスとしての結果を出すのが仕事ですね」

 同じ三鷹には、銀河系の姿をシミュレーションで描き出す別の研究チームもある。

 「ここ数年のコンピュータの技術革新で、圧倒的な量の計算処理ができるようになりました。おかげでシミュレーションによって、銀河系の詳細な構造が見えてくるようになった。我々は観測家なので実際に観測データを集めていくのですが、その結果に近いものが、理論にもとづくシミュレーションからも出るようになりつつあります」

 あらゆる科学は理論と観測の二本立てである。本間さんたちのチームは「観測家」として、天の川銀河にある星をコツコツと三角測量し、その観測データを解析していくのがミッションなのだ。

 現在の国立天文台は、三鷹にあった東京大学の東京天文台や、水沢にあった当時の緯度観測所ほかが1988年に統合し、大学共同利用機関「国立天文台」として誕生。2004年にはさらなる組織改編が行われ、大学共同利用機関法人自然科学研究機構の一員となった。

 本間さんは東京大学理学部を経て大学院の博士課程で銀河天文学を専攻。国立天文台と同じ三鷹のキャンパス内にある東大の附属機関、天文学教育研究センターで学んだ。天文学会の理事長も務めたことのある祖父江義明教授(電波天文学)に師事し、博士号を得て1999年に卒業後、最初にポジションを得たのが国立天文台だった。そのときすでにVERAのための調査費が予算計上されており、銀河系の専門家が求められていた。2000年のVERAの建設開始時から参加して、2007年からは研究面での指揮をとるプロジェクト・サイエンティストとなった。

 VERAの目的はさきにも述べたとおり、「天の川銀河系の三次元立体地図の作成」だ。意外なことに、我々の住む銀河系の正確な姿かたちは、まだよくわかっていない。いちばん近くにあるアンドロメダ星雲(M31)をはじめ、多くの銀河(渦巻き星雲)の美しい写真は、各種の写真集やインターネットでしばしば見ることができる。わが「天の川銀河」も、基本的にはそれらと同じ姿かたちだと考えられるが、「渦巻きの腕の数は何本か」といったごく基本的なことでさえ、はっきりしないのだという。これには驚いた。

 「灯台下暗しじゃないですけど、われわれは天の川銀河のなかにいるので、外から見ることができない。天の川のなかにある星の位置を一つひとつ観測していくことで、われわれの住む銀河系の立体的なかたちがわかってくる。われわれは日々、それを地道にやっているんです」

 ならば、その現場である水沢の天文台を実際に見てみたい。お願いを聞き入れていただき、後日あらためて岩手県奥州市にある水沢VLBI観測所を見学することになった。

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