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みどるな求人サイト 場所と人をつなぐ「日本仕事百貨」 文:西村 佳哲

互いにミートするには

みどるな求人サイト

──求人側は、日本仕事百貨になにを求めているんだろう?

中村 やっぱり自分たちの想いだとか、仕事のなりがうまく伝わっていない、共有できていないと感じているケースが多いと思います。応募者はたくさん来ても「条件を見て」「とりあえずこの業界を志望しているので」という感じで、自分たちのことはまったく理解してもらえていないな、という不満足を感じていたり。

──いろいろな意味でミートしていない。

中村 そうです。互いにミートしない。でもすれ違いたくはない。うちに求人を依頼してくるのはそういう会社だと思います。

 あと彼らは人をただの労働力として見ていないですよね。いくらでも代わりの利く存在は求めていない。取材先で僕が聞く仕事は「ただこれをやっていればいい」という類のものではなくて、本人が自分で考えなければならないし、状況に応じて動く必要があるし、その状況もどんどん変化してゆく。誰にでもできるものでは決してなくて、仕事に対するスタンスや適性、得手・不得手が問われるものが多いと思います。

 あと小さな組織が多いので、能力的に十分というだけでは足りないこともある。毎日一緒に働くわけです。多少性格が合わなくても1000人の会社ならどうにかなるだろうけど、10人の会社でその部分が合わなかったら結構キツイと思う。でも従来の求人だと、そこについては「協調性がある人」「コミュニケーション能力が高い人」とか。

──「楽しい職場です」とか。

中村 わからないですよね。どうとでも言えることだし。

 でも取材の中で実際に触れた小さな出来事や、その場の様子を通じて、現象としてそのあたりを捉えて表現することはできるわけです。日々どんなふうに一緒に働いていて、どんな質のコミュニケーションをとっているのかとか。そういう雰囲気は共有できる。そうしなければ、やっぱりミートしないと思います。

 仕事を探している人たちも給料をもらうだけでなく、ある程度、心を許せる人たちと働きたいと思っているはず。情報が多い中でそんな出会いを実現するには、こういう求人が必要になってくると思うんです。

取材の中で自分も成長する

「宗像と言えば…宗像大社へ行こう!」と突然。神社やお寺がお好きなようです。お祈りの後はおみくじも。とにかく体験してみる、という姿勢が伝わってきました。(酒井)
「宗像と言えば…宗像大社へ行こう!」と突然。神社やお寺がお好きなようです。お祈りの後はおみくじも。とにかく体験してみる、という姿勢が伝わってきました。(酒井)
「宗像と言えば…宗像大社へ行こう!」と突然。神社やお寺がお好きなようです。お祈りの後はおみくじも。とにかく体験してみる、という姿勢が伝わってきました。(酒井)

中村 日本仕事百貨に仕事を探しに来る人たちは、やっぱり「仕事は仕事」と言いたくない人たちなんだろうと思う。「仕事だからしょうがないよね」と諦めずにできる限り納得して働きたい人たち、簡単に割り切れない人たちが、転職するつもりがなくても、ページを眺めていたりするのだと思います。

 実際よくあるんです。「転職するつもりはありませんでした。当時の仕事にも満足していた。けど暇つぶしにサイトを見ていたら、『ん、なにか気になる』『どうしても気になる』という仕事に出会って。それまで存在も知らなかったし興味もなかったけど、応募して、いま働いています」と聞かせてもらうことが。

 天職というのは、あらかじめあるわけではないと僕は思います。それはかかわりの中で決まってゆく、見つけてゆくものだと。でもたぶん、雇用条件だけではひっかからない。そこへ向かうきっかけになり得ない。そんなところで、自分たちの役割を担えればいいなと思っていて。

──担えている気は?

中村 しました。このあいだ、東京から18時間かかるトカラ列島の宝島に行ってきたんです。ある夫婦に会いに。

 日本仕事百貨を始めて間もない頃、「島の管理人」という表現で行われた求人記事があったんです。最初は地元の行政が仕事を用意して住み始めてもらうけど、ゆくゆくは自分で生計を立ててゆかなければならない。そんな募集があって、仕事百貨を通じて移住して、4年になるご夫婦が住んでいるんです。僕はテレビ番組の取材で彼らの姿を見ていて、「今度行くときにはお会いしたいな」と思っていたら同じ求人案件が生じたので、取材と併せて会いに行ってみたんです。

 用意されていた仕事の期間は過ぎつつあって、彼らは自分たちで仕事をつくってゆく時期に入っていました。奥さんは妊娠中。1人目の子どもを育てながら、帽子をつくっていたり。ご主人は東京では毎晩バーに通っているような人だったと聞くけれど、島の土地を開墾して、いまはラッキョウをつくるのが楽しいという。肌の色も身のこなし方も、2人とも完全に島に溶け込んでいて。飲み屋なんて当然ないわけで「飽きませんか?」と訊いたら「ぜんぜん飽きない。毎日楽しい」と言う。その声を聞いて、これは用意された言葉ではないなと思ったんです。いきいきとしていて、とても幸せそうで。そんな様子を知ると、役割を担えているのかなと感じます。

 でも急にそうはならない。時間がかかるものなんですけど。

──仕事を通じて、価値を積み重ねている実感を持てているのは、とても幸せなことだなと思いながら聞いています。つづけられていて、すごくいいですね。

中村 そうですね。始めて以来、特別大きな変化はないけれど、そういうのが着々と増えてゆく実感はあります。山登りをつづけて、いまは少しなだらかな場所にいる感じかな。この1年はじっくりすごして、その中からまた何かあたらしいことをやっていければいいと思っています。

 この仕事をしていて僕が一番楽しいのは、さっきも話しましたけどやっぱり「取材」なんです。いろいろな人のもとを訪ねてゆけることが楽しい。でもまわりの友人や知人には「経営者なんだから、いつまでも現場仕事をやらなくたっていいだろう」とよく言われる。

──プレイヤーではないだろう、と。

中村 でもそれをやめてしまうと、むしろ自分があたらしく変化したり、展開してゆく動きが失われてしまう気がするんです。

 やはり一人の人間として取材をして、そこで働く人々とかかわり、自分もいろいろ得てゆくことが必要だと思う。そういう経験や取材中の状態が、いまの僕をつくっているし、たぶん未来の僕も、そうやって成長してゆく気がするので。

中村健太 Nakamura Kenta

1979年、東京生まれ。株式会社シゴトヒト代表。明治大学大学院 理工学研究科 建築学専攻卒。不動産会社ザイマックスで不良債権処理、大型複合商業施設の開発・運営などを経験した後、2007年に退職(28歳)。翌年8月に求人サイト「東京仕事百貨」(現「日本仕事百貨」)をオープン。取材で全国を飛び回るかたわら、東京に町をつくる「リトルトーキョー」など各種プロジェクトやメディアのプランナー、「シブヤ大学しごと課」のディレクター、「みちのく仕事」元編集長。
日本仕事百貨 http://shigoto100.com/

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