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数理的発想法7 「連想検索」が文化や地域の記憶を可視化させる 文:仲俣暁生

より帯域幅の広い「読書体験」

渋沢敬三アーカイブ http://shibusawakeizo.jp/ より。『渋沢敬三著作集』の一部が読める。 渋沢敬三アーカイブ http://shibusawakeizo.jp/ より。『渋沢敬三著作集』の一部が読める。

 画面中央に紙の本と同じように見開きで2ページが表示され、本文上にはいくつもの色でマーキングされた語句が並んでいる。紙面の両サイドには3段分のコラムがあり、そこにもテキストや画像が「脚注」として表示されている。本文のマーキング箇所から脚注までは引出線が伸び、どの部分に対応するのかがひとめでわかる。この電子読書システムが高野さんたちの最新の研究成果である。

「いま、試験的に2000冊ほどの本のデータを「自炊」(自ら所有する書籍をスキャナーで電子化する行為)して入れてあるんですが、たとえばここで〈発想〉と入力すると、この言葉が2000冊の本のどの章に、どのくらいの頻度で出てくるかが表示される。総合索引ページですね。さらにそこから〈イノベーション思考法〉とか〈マインドマップ〉といった特定の関連語句をクリックすると、それらの語句が使われている本文が表示され、どこに出ているのかがわかる。

 脚注データとしては、テキストや図版だけでなく、たとえばYouTubeの映像も選べるようにもしています。これを発展させて、内側のコラムでは動物図鑑のテキストを表示し、外側のコラムで著作権的にも大丈夫なアーカイブの映像を表示すれば、マルチメディア的な教材として使うこともできる。

 いろいろな本が電子化、データ化されるのはすごくいいことだけど、それを消費するかたちがいまの電子書籍みたいなものだけだともったいないですよね。ウェブにすべてを公開できなくても、場所限定でもいいから、もっと帯域幅の広い提供の仕方がありうることを示したい。そこでの読書はいままでの紙の読書とはちょっと違う種類の経験だね、と言ってもらえるようなものを作りたいんです」

 取材時にデモで拝見したこの読書支援システムを使った、公開のサービスがすでに2つほどオープンしている。そのひとつが「渋沢敬三アーカイブ」だ。昨年で死後50年を迎えた渋沢敬三の著作は著作権保護期間が切れ、2014年1月1日からパブリックドメインになった。このサイトで「著作を読む」というコーナーに入ると、平凡社から出版された『渋沢敬三著作集』のうち最初の数巻分の本文が閲読できる(ただし、ここでは脚注として選べるのはウィキペディア日本語版の項目のみ)。また「索引」では登場する語彙や人物名が頻度順で一覧できる。

 もうひとつの導入例は、国立国会図書館の「NDLラボ」というコーナーにある「脚注表示機能を有した電子読書支援システムの構築実験」だ。こちらは国立国会図書館の近代デジタルライブラリーに収められている電子書籍と「情報通信白書」が対象となっており、脚注コラムもウィキペディアの日本語版あるいは英語版の項目、ウィキペディア日本版からの連想検索結果、「新書マップ」の4つから選んで、3段の脚注を表示できる。

 これらは著作権保護期間が切れた本文と、ウェブに公開されたデータによる脚注でできているので、読書体験としてまだ十分にリッチとはいえないが、この先にある未来の読書の姿を想像するとワクワクする。

震災後の「アーカイブ」

数理的発想法

 さまざまなアプローチで「文化の記憶」にかかわってきた高野さんに、大きな転換点がやってきた。これまでの連載で紹介した多くの方がそうだったように、2011年3月11日の東日本大震災は、高野さんにとっても、それまでの自身の仕事を振り返る機会となったという。

「震災であれだけのことが起きて、自分自身も逃げ惑おうかとさえ思ったときに、僕らがこれまでやってきた技術は、ほとんどなんの役にも立たなかったんですよ。ああ、このサービスがあってよかった、ということにはまったくならなかった。そのことに虚しさを感じて、何ヶ月も仕事が手につかない状態でした。

 立ち直るきっかけになったのは、国宝の「玄奘三蔵絵」を奈良国立博物館で全巻公開するという展覧会でした。この絵巻物には12巻にもわたって玄奘三蔵の一生が描かれていて、すごくドラマチックだったんです。仏教が中国に伝わってからすでに長い時間が経っていたにもかかわらず、玄奘三蔵はあれだけの苦難を経てインドに到着し、また中国に戻った。そのことで仏教がまた、ガラッと変わったわけです。ひとりの情熱的な行動が人間のコミュニケーションを、より本質的なところまで変えてしまった。その絵巻物の電子化をしているうちに、そんなことを考えました。

 これまで僕らは、記憶の上澄みだけを扱ってきた。でも震災後に聞こえてきた「助けてくれ」という声は、本当にもっと生々しいものだった。被災した現地にあったものは、すべて流れて消えてしまったわけです。消えてしまってから集めようとしても、それはほとんど虚しい作業になってしまう。もし本当に記憶というものを残したいのなら、なにも起きないうちからやっておかないといけない、ということを痛感したんですね。

 東京でも、いつか必ず大きな地震がまた起きるでしょう。そのときに「東京アーカイブ」みたいなものが、はたして本当に生き延びられるか。もしも神保町の古本屋街がつぶれたら、そこにある日本のかなりの記憶が消えてしまう。そういう部分に備えていくのであれば、自分でも役に立つと思い直したわけです。アーカイブと名がつくようなところにはどこにでも馳せ参じて、お手伝いしましょう、という気分になれたんです」

 2012年に刊行された『311情報学 メディアは何をどう伝えたか』(高野明彦、吉見俊哉、三浦伸也の共著。岩波書店)には、あの大震災を受けて、高野さんのなかで「情報」に対する考え方が変わっていった過程がつぶさに書かれている。

 これまでのアーカイブは、美術館・図書館・文書館など、「メモリー・インスティテュート」と呼ばれる施設の文化財を中心とした、「枯れた」情報が対象だった。しかし震災後は、根拠となるデータや判断基準、そして受けとる側の視線もまちまちな情報が入り乱れ、芥川龍之介が「藪の中」で描いたような、なにが真実かわからない状態が続いている。

 アーカイブの対象として、文化財だけでなく、さまざまな専門家の知識や、そのときどきのメディア報道、さらにソーシャルメディアが担うパーソナルでローカルな知見までが含まれうる時代には、そこに保存される「記憶」もまた、相互に矛盾したものにならざるを得ない。

 だが高野さんは、そうした矛盾を内包するかもしれない複数の物語をまるごと記録し、それらの矛盾を解消せずに、相互に関係づけることに、挑戦すべき情報表現上の課題を見いだしているという。深さと奥行きのある社会の「記憶」を次代に残すための高野さんたちの試みは、その緒に就いたばかりなのかもしれない。

高野明彦 Takano Akihiko
国立情報学研究所教授

新潟生まれ、神奈川育ち。東京大学数学科卒。博士(理学)。電機メーカーに20年間勤務の後、2001年より現職。2002年より東京大学大学院コンピュータ科学専攻教授併任。NPO連想出版理事長。専門は関数プログラミング、プログラム変換、連想情報学。研究成果を活用して、Webcat Plus、新書マップ、想-IMAGINE Book Search、BOOK TOWN じんぼう、文化遺産オンライン、闘病記ライブラリなどの公開サービスを展開している。

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