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数理的発想法7 「連想検索」が文化や地域の記憶を可視化させる 文:仲俣暁生

なぜ「本」なのか

 そうした問題意識を抱えたまま、公募に応じて国立情報学研究所に移った高野さんが最初に取り組んだのは、全国の大学図書館およそ1000館にある1000万冊を超える蔵書を目次や概要から連想検索するサービス、Webcat Plusの開発だった。

 同様の技術をもちいて、出版社の刊行する新書12000冊を連想検索し、テーマごとにヴァーチャルな書棚として表示する読書案内サービスの「新書マップ」も公開。東京の神保町にある170の書店・古書店の蔵書データベースを連想検索でつないだ「BOOK TOWNじんぼう」というポータルサイトや「神保町へ行こう」という地図とアーカイブをからめたサイトもつくった。

 これらのデータベースを相互乗り入れさせた「インターチェンジ」として、2006年には「想-IMAGINE Book Search」を立ち上げた。これはウェブに公開されたほか、4つの国立美術館をつないだ美術作品データベースや、演劇博物館の文化財データベース、長野県小布施町の町立図書館「まちとしょテラソ」の地域文化アーカイブなどにもカスタマイズ版として導入されている。

「僕らが検索の対象にしたいのは、文化の記憶みたいなものです。その意味では、未知のものを〈探す〉というより、〈思い出す〉という行為に近いかもしれない。記憶を適切に思い出せるしくみを提案したり、その記憶を情報技術によってエンハンス(強化)することで、グーグルの文字列検索では届かないところまで行ける。歴史的な淘汰過程のなかで残されてきた、まだ検索の対象となっていないデータが、僕らの研究の重要なフロンティアなんです」

「想-IMAGINE Book Search」のカスタマイズ先からもわかるとおり、連想検索の対象はテキストだけでなく、美術館や博物館に収められた文化財や、地域の文化的な記憶としてのアーカイブまで幅広い。しかし高野さんの関心は「本」に重心があるように思える。

「日立で最初に連想エンジンをつくったとき、論文や特許に適用してみたり、本一冊分まるごとの中身に適用したり、いろいろ試してみたんですが、いちばん面白かったのが平凡社の百科事典だったんです。そのときに、「本をやらなければダメだ」と劇的に思いました。

 百科事典のデータ量は、大したことはないんですよ。紙の本としては何十巻もあるけれど、たったの87000項目しかない。これは普通のパソコンでも自由自在に検索できる程度のデータ量なんです。でも、それと同量のデータを、たとえば論文やウェブサイト、あるいは新書のような本から集めてきても、検索結果としてカバーされる領域や、出てきた結果からインスパイアされる力が歴然とちがう。データ量よりも、どこまで知識が「結晶化」されているかのほうが、僕らがつくっている連想エンジンにとって重要だとわかったんです」

フィジカルな場所で情報と出会う

神保町へ行こう 神保町へ行こう http://go-jimbou.info/

 2000年代の最初の十数年の間に、ウェブ検索やソーシャルメディア、あるいは「電子書籍」など、新しい情報環境がつぎつぎに生まれてきた。コンシューマー向けのサービスがめまぐるしく移り変わる状況を、高野さんはどんなふうに見ているのだろう。

「グーグルの検索や、フェイスブックやツイッターで引っかかってくるものは、僕たちが日常的に消費している情報活動にはものすごく役に立っているし、そこをかなりうまくとらえている。でも長い時間のなかで残していく、いわば文化の「長期記憶」みたいなものについては、あまり考える人もいないし、この20年で大きく変わったね、と言えるかというと、他の部分に比べるとそうでもなくて、かなり遅れている気がします。

 僕が「本」が気になって仕方ないのは、ウェブにはない情報の典型がそこにはゴロゴロしているから。神保町の古書店街をふらっと歩いただけで、いくらウェブサーフィンをしても絶対にたどり着けないような深い情報が、スッと見つかる。〈見つかる〉というより、〈出会う〉わけです。これから古本屋さんのお客がいなくなって、商売が成り立たなくなったとしても、そういう面白さが得られる場所があったらいい。それはたぶん、国会図書館の閉架式書庫ではないだろうし、貸しスペースやインターネットカフェみたいになってしまった公共図書館でもないだろう、と」

 そのような本との出会いの体験が得られるフィジカルな場所として最初にオープンしたのが、「神田神保町本と町の案内所」だ。この案内所には「e読書ラボ」があり、市販の電子書籍リーダー端末を実際に体験できる。さらに電子書籍のコンテンツと同じ紙の「本」を書架にも収め、紙と電子の本の読み比べもできるようになっている。

 だが高野さんは、いまの電子書籍で得られる読書体験に関しては満足していない。

「現状の電子書籍は、せいぜい「本をたくさん持ち歩くのが嫌だ」というニーズに応えるくらいで、読書環境としては紙の本に比べてすぐれたところはほとんどない。だったら、僕ら自身が電子書籍をやるとどうなるか、実際にやってみようと思った。文化の記憶を残すと言ってはみたものの、これまではせいぜい目次とか概要といったメタデータのレベルでやってきた。「これはこんな内容の本です」「この本はこの本と関係しています」と言っても、それでは物足りない。目次だけを立ち読みして、その本を読んだ気になってもらっては困るわけです。

 百科事典で連想検索をやったときは、項目名だけでなく、本文全体から〈連想〉できたから、あそこまで面白い結果が出た。同じように「本のなかに入る」にはどうしたらいいかと思っていたところに、ちょうど電子書籍の時代がやってきたので、つぎは電子化された本の中身をきちんと読みこなしていける環境を作りたい。紙の本とはちがう方向で、どうしたらリッチな読書体験を提供できるかということに、いまはいちばん興味があるんです」

 そういって高野さんがデモしてくれたのは、大画面いっぱいに表示された電子的な「本」だった。