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みどるな幼稚園づくり 狭山ひかり幼稚園の改築工事 文:西村 佳哲

他の人が"する"ことを"可能にする" 仕事。
教育はその最たるものだと思う。

3〜6歳の子どもが世界を掴んでゆく、
幼稚園という空間はどのようにつくられるのか。

園舎を建て直して間もない、ある園を訪ねてみた。

みどるな幼稚園づくり

教えない幼稚園

みどるな幼稚園づくり

みどるな幼稚園づくり

  狭山ひかり幼稚園は創設44年目。約3年前に園舎を建て直した。その建築設計を手がけた若い建築家と、園長をつとめる女性に、二つの視点からお話をうかがってみようと思う。

 設計者の安宅研太郎さんは、東京藝大の建築科で助手をつとめていた頃に、この園舎の建て替えの相談をもらった。

安宅 通っていた幼稚園なんです。両親はその後もずっとここの卒園証をつくっていて。銅板をエッチングしたものを、園児のお母さんたちがつくった額にとめて卒園式のとき一人ひとりに渡す。僕もその手伝いに行っていて、園との関係はつづいていて。

 前の園舎は築年数も長く、老朽化していました。親しまれていたけれど地震で潰れてしまってはいけないし、ということで相談があって。構造の専門家に建て替えの必要性をチェックしてもらうようなところからかかわり始めた。最初の3年くらいは評議員会などで、もっぱら話し合い。建て替えると決まってから設計に3年、建築工事に1年。2011年の竣工まで、のべ7年ほどかかわって出来ました。

 以前の園舎は、北側に廊下があって、同じような教室が並んでいて、いちばん端っこに遊戯室が付いている。よくあるつくりの建物でした。

 これだと、他の教室は他の人たちの場所という感じになるからあまり行かない。普段の遊び場は自分の教室と、廊下を通ってゆく遊戯室と、あと園庭になります。これは集団教育で同じことを教えてゆく上ではいいらしいけど、ひかり幼稚園は、先生が前に出て文字や数え方を教えるようなことはほとんどしないんですね。

 子どもがその日にやりたいことや、興味をひかれたことを伸ばしてゆく。基本的には"遊び"が中心で、その中で彼らがなにかを発見してゆく。たとえば喧嘩が起こったら、その解決は時間がかかっても子ども同士の話し合いに任せる。もし解決しなかったとしても、そのこと自体が学びという感じで、大人の方からルールや方法を教えない。そんな幼稚園なんです。

自分がどこにいてもいい

年中・年長の教室を貫く通りのような空間は、太い方が幅2.4m、細い方は0.9m。園庭に面した開口部の幅を等しくする意図から、建物の長手を2箇所で4度づつ折っているために全体を見通せず、各教室の断面が街並みのような表情を垣間見せる。年中・年長の教室を貫く通りのような空間は、太い方が幅2.4m、細い方は0.9m。園庭に面した開口部の幅を等しくする意図から、建物の長手を2箇所で4度づつ折っているために全体を見通せず、各教室の断面が街並みのような表情を垣間見せる。

安宅 子どもたちは園に来てロッカーに荷物を置いたら、そのままバーッと園庭に出ていって、あとは基本的に「どこで遊んでもいい」感じですごしている。

 たとえば運動会に向けて踊りの練習をするとか、そういうときはみんなで集まるけど、そうじゃないときはぶわーっとあちこちに行ってしまっていて。先生たちも、自分の担当の子どもを必ず見てなきゃならないふうでもなく、サッカーで言うところのゾーン・ディフェンスみたいというか近くに来た子をかまう感じ。園全体でいろんなことが同時に起こっていて、一見大変そうだけれど、先生たちは要所要所を見ながら、わりにドーンと構えているんですよね。ある程度子どもに託しているところがあって。たとえば子どもが積み木を高く重ねていて「崩れそうだな」と思っても、危ないからと言って止めさせるようなことはしない。案の定そこに子どもが突っ込んで積み木が崩れて、でもその間から子どもは笑いながら出てきて、またワーッと走ってどこかへ行ってしまったり(笑)。

──それは前の園舎での話?

安宅 はい、前からそんなふう。子どもたちは先生に「今日はこれをしますよー」と言われて動いているわけではなくて、少人数のグループをつくって遊んでいたり、あるいは一人でいたり、ばらばらのことをしているんです。

 子どもが「ねんどー」とか言うと先生が出してきて、その子が遊び場をつくってゆくと、他の子も何人か集まってきて「粘土をやるコーナーが今日はここに出来た」みたいな。設計作業中に何度か出かけて、丸一日、子どもや先生たちと一緒にすごしました。

 あちこちでそんな状況が起こっている様子を見ていると、やはり各教室ごとに分かれているより、園舎が全部自分の遊び場で、自分がどこにいてもいいと思えて、教室ですごしている子も「ここは自分のためだけの場所だ」と思い込まない。でも必要なときはクラスでもまとまれる。そんなつくりが必要だなと。どうしたらそんな空間をつくれるかな、ということをずっと考えていたんです。

 それでこんなプランを提案しました。各教室はいろんな断面形状をしていて、仕上げも少しづつ違って。ほぼ平行に並んでいます。

 そこに大小2本の通りのような空間が横に通っていて、移動してゆくと全体が遊び場になる。空間の見え方もどんどん変わるし、小道を抜けた向こうに行かないと次の状況は見えてこない。

みどるな幼稚園づくり

──動いてゆくことを誘発する感じ。

安宅 はい。一方で壁には建具が納まっていて、引き出すと一つの教室として独立した空間も生まれる。一日の中でいうと昼ご飯を食べるときと、帰りの会をするときは少し集中したいので、そんな使い方も出来るようになっています。

 年少の子どもたちの教室は、遊戯室を挟んで直角に曲がった短辺側に配置しているのだけど、入園して1ヶ月もすると反対側の年中の子どもたちの教室の方でも遊ぶようになっていて。そういう状態は前の園舎では見たことがなかったと先生たちも話していました。たぶん全部が自分の遊び場で、「自分がどこにいてもいい」と思えているのだと思う。3歳児は通園を初めたばかりの頃は、「一緒に帰りたい!」と門のところでお母さんに泣き叫ぶ時期がしばらくあるみたいだけど、新しい園舎になってから、それが1週間もつづかなくなったそうです。

 子どもたちは幼稚園につくと「ワッ」と遊びに行ってしまう。思い思いの場所でいろんな遊びが起こっていて、様子を見ている先生がいて、その中を子どもたちが移動しながら遊んでいると引っかかるポイントが増えて。

──増えて。

安宅 園児が興味を持つポイントや、かかわってゆける状況の選択肢が増えるのは、いいことなんじゃないかと思って。

 それが発育にとってどうなのかまでは自分にはわからないけれど、動きながら感じ取る環境の変化や、次々に現れる状況の中を遊んでゆく時間は子どもにとっていいんじゃないかな。

──固定的で、馴染みのあるものだけで、世界が構成されているより。

安宅 関心を持てる手がかりが多い方がいいと思います。たまに行く施設ではなくて、一年中、毎日遊んでいられる環境をつくるわけだし。置いてあるものの中から「今日はなにをしよう」と選んで遊ぶのではなくて、他の子たちが始めたことに自分もかかわっていって、その日の遊びが展開してゆくというか。

 40年ちょっと前に園をつくった頃は元園長先生たちも、「こういうことを教えよう」とか「言うことをちゃんときく子に育てる」と思っていたみたいだけれど、それは徐々に、子どもたちに打ち砕かれていったらしい(笑)。

 みんなが帰ったあと先生たち同士で、「今日こんなことがあった」という子どもの動きや、「○○ちゃんがこういうことを言っていた」といった出来事を交わし、「どういうことなんだろう?」と話し合い、そこを足がかりにして翌日また子どもたちとかかわってゆく。先生たちはその日その日を、そんなふうにやっているんですよね。

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