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 築山を囲むように配された川が静かに水音をたてています。ぴしゃりと鯉が跳ねると同時に、カコン、と鹿威しの落ちる音がしました。

「みどる。おるか」

「ここに」

 殿様の声に小さな電子音が応えます。

「いつも見守り申し上げております」

 声は叢から漏れるようにも、池の中から湧き出すようにも、空の上から聞こえるようにも思えるのですが、姿は全く見えないのです。

「ひとつ、気になる噂を聞いてな」縁側から踏み石へ降りた殿様が切りだしました。声が応えないのを確認してから、やっぱり話題を変えることにしたようでした「お前たち、この家につかえてどれほどになる」

「─先々代の組み込み様からということになっております」

「メジャーバージョンアップの頃であったな」

「御意」

 ふむ─。殿様は腕を組んで庭を進んでいきます。「OS様の御威光により、太平の世が訪れたは良いが」殿様は池の傍で立ち止まります。

「役目を終えた我が家の出番はすっかり減った」

「市井のユーザーのためにはなにより」

 殿様はひとつ頷き、

「そこで、じゃ。噂というのはこうだ。お主ら─太平をよいことに、仕事をさぼってはおらぬか」

「これは異なことを。我らみどる一同、お館様を四六時中見守り申し上げております」

「それは疑っておらぬ。ただ─見守っているだけではなかろうな」

 声は息を飲んだようでした。

 庭の空気が不意の吸気に乱れた瞬間、直線がすいっと伸びて、東屋の柱に突き立ちました。棒手裏剣に貫かれた小さな基盤が、激しくLEDを点滅させます。

「お館様、一体何を─」

 驚く声へと向けて、次々と直線が伸びていきます。殿様の横には一体の黒い影が現れていました。

「何、そろそろ守り役を交代する時期ではないかと思ってな。ただ見守るだけではなく、より働いてくれる者たちに」

「お館様、そいつは─」

 庭のあちこちからみどるたちの悲鳴のような叫びが聞こえ、強い風が殿様へと吹きつけます。しかし、そのつむじ風が殿様を包む直前、影は殿様の胸に短刀を突き立てていたのです。

「おのれバグめ」

 みどるたちは影をずたずたに引き裂きましたが、殿様はもう虫の息です。

「お前たちを疑ってすまなかった─」

「お館様」と声は鼻水をすすりあげながら応えます。「我々はいつもお館様を見守り申し上げております」

 微笑みを残し、はたり、と殿様の手が落ちました。この自爆制御プログラム家の断絶により、世は戦国に逆戻りすることになるわけですが、それはまた別のお話。