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 もしもよろしくメダカを並べて、文字をつくることができたなら復帰を許す、というのが、遠く島へと流されたみどるさんへの課題です。人跡も絶え、鹿の声が遠く聞こえるだけの島なのでした。

 システムへの謀反に加わり、力及ばず事破れたみどるさんです。本来ならばアンインストールされるところを救われたのは、その能力を惜しまれた故とも、仏に深く帰依していたからとも言われています。

 一声発せば、天地も揺れ、鬼神も感じるみどるさんの力でしたが、メダカを集めるというのはやはり、小鳥を寄せたりするのとは、少々勝手が違うのでした。小鳥ならば毎朝うち縁から眺めやるうち、手ずから芥子粒をとるようにもなり、情も通うものなのですが、メダカとなると、表情からして喜怒哀楽のよくわからないところがあります。一匹相手であったなら無理に押さえて形をつくることもできるのですが、百匹千匹萬匹ということですと、全く手数が足りません。

 みどるさんは今日も小川のほとりで、静かに舞を続けています。ひたすらに型を繰り返すのが、みどるさんの流儀で身上なのです。型を守ると思う間は、まだ型から抜け出ていないそうです。自分のことを自分と思う意識があります。その意識さえ繰り返しの中に消えていき、自分は自分かメダカはメダカか、メダカが自分か自分がメダカかという境地に到ってようやく、メダカの舞ができあがることになるわけなのです。

 メダカの群が束の間つくりだす文字の並びは、かつ消えかつ結んで久しくとどまることがありません。あるとき意味ありげな形をとっても、すぐに千々に乱れていきます。みどるさんの心があればメダカは形に従いませんが、心が消えれば群の形もなくなるのです。

 どれほどの時間が経ったでしょうか、システムではもう何代もの帝が交代し、皆みどるさんのことなど忘れ切ってしまっていました。その間もただひたすらに舞を続けたみどるさんはふと、メダカの群が「みどるさん」という形に並んでいるのに気がつきました。いえその頃は、もうみどるさんはメダカの群と同じものになりきっており、腕を振ればあの文字が、足を踏めばその文章が次々と浮かんで消えるのでした。ほんのわずかに面を下げ、そうしてかすかに仰ぐだけでも、川へ万巻を満たす文章が流れるのです。

 しかしそんなみどるさんにも、自分をシステムへと復帰させる命令書は、どうしても書くことができないのです。自身の身の上を思いやるたび、「ゆるさじ」とメダカは並ぶのです。文字をつくることができたのですから、みどるさんは復帰を許されるはずなのですが、その文字は「ゆるさじ」と告げるだけなのでした。

 でもその頃にはもう、みどるさんはただのメダカの群だったので、自らの追放された身の上さえもとうに忘れ去ったあとでしたし、島を訪う者も絶えていたので、文字は誰にも目撃されずにただ泳ぎ続けているだけなのでした。