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みどるな障がい者施設の冒険 福岡の障害福祉サービス事業所「工房まる」を訪ねて 文:西村 佳哲

互いに"自立"していること

みどるな障がい者施設の冒険

吉田 「立春」や「立冬」といった季節の変わり目をあらわす言葉がありますよね。ある人に、「みなさんあの意味がわかっていますか?」と訊かれたことがあった。

 たとえば、窓がある。そこから庭が見えていて、遠くには山が見えている。なにげないその風景の中で、花が咲き始めていたり、雲に少し緩やかな感じがあったりして。そんな景色の広がりを、「あ。春らしいな」と感じたときが立春なんだと。

 その季節"らしく"なったときが「立」で、なにかが立ち現れてきているということなんだ。だから"自立"というのも、いろいろな人との関係の中で、その人らしさが立ち現れてきたときを指す言葉なんだよと言われて、なるほどと思った。経済的に不安がなくなることや、1人だけで生きてゆけるようになることが自立というわけではないのだなと。

 それまで嫌いな言葉だったんです。うちのメンバーを見ている限り、いわゆる経済的な自立や、誰の助けも必要ないという意味での自立はできませんから。でもそんな狭義の言葉なんだろうか? という疑問があって、「障がい者の自立」という文句はあたり前のように使われるけど、敢えて使わずにいた。

 でもその人らしさが表に出てきて、そこが認められることを自立というのなら、うちはそのままやっているじゃないかと。

樋口 吉田はメンバーに、「やりたいことがあるのなら『やりたい』と言えよ」と言うんです。「1人じゃできないからといって思いを飲み込むな」「やりたいことがあるなら、まずその思いを言わな」と。

 この場所も誰か1人の力でできたわけではなくて、思いに共感して一緒に働いてくれた人たちがいるから、いまの「まる」がある。自分の思いを他人に伝えることも自立のありようなんですよね。身体障がいの人たちはコミュニケーションは取れるので、そんなふうに言われたことは染みるし、考えることができる。

 しかし、たとえば自立支援法のような枠組みは、立派な労働者として他人に頼らずに生きてゆくことを底上げしようとしている。それが本当の幸せかな? と思うわけです。

吉田 目の前のメンバーと、それこそ人間対人間の関係を築きたい。そのためには公平な土台が要る。互いにその人らしくあることが、可能な環境が。だから授産的なやり方ではなく、創作活動を通じて仕事をつくり出す道を進んできた。

 メンバーにとって「俺こんなのつくっているよ」とか「私はこの絵を描いている」とか、自分自身を誇れるようなものをつくってゆくのは大事なことだと思う。自分の存在をあらわせる力を持てたら、もっと楽しくなると思うんですよね。

太田宏介「カニ」
太田宏介「カニ」

──楽しくなる。

吉田 生き方が。僕も写真をやっていたから養護学校に行けたし、いろいろな土地を訪ねることができたし。いろいろな動機も生まれて、その先々でいろいろなものを見て、学んで、いろんな人に出会い、自分の生き方が豊かになってきた気がするんですよ。

 だから「まる」のメンバーにも、なにか自分の表現を見出して、それをきっかけにいろんな人とつながり、生き方そのものを豊かにしてもらえたらなと思うわけです。

樋口 それはメンバーの親にも。子どものことばかりでなく、親にも1人の人間として夢を追いかけて欲しい。

 あるお母さんが「旦那と洋食店を開くのが夢だった」と話してくれたことがあるんです。「けど、子どもが生まれちゃったからね」と言う。それを聞きながら、「こいつのせいにせんといてくださいよ」と思うわけです。もちろん彼女にではなく、そう親に言わせてしまう社会に物申したいわけですけど。

 でも僕らはたまたま恵まれていて、以前うちにいたスタッフがいま独立してヘルパー事業を営んでいて。メンバーはそこを利用してお風呂に入ったり、帰宅後の外出をサポートしてもらえるようになり、親が結構のびのびできるようになった。それでそのお母さんが、旦那さんと洋食屋を始められることになって。

 嬉しくて壁塗りに行きましたよ。「よかったねー!」とか言いながら。そうでなくちゃね。

 まわりの人たちにマイナス思考が働いていて、それが「障害」になってしまっていることもあるわけです。「ダウン症として生まれてきたうちの子は、この先こういう人生しか歩めない」という勝手な思い込みを持ってしまったら、それがその子にとって一番の障害にもなりかねない。その人らしさが立ち上がってくることが自立であるとしたら、それは本人の努力だけでどうにかなる問題ではない、と思うわけです。

公平な土台づくり

様々な表情の「箸置き」
様々な表情の「箸置き」

樋口 うちに通って「自分はこう生きたい」という意志が表に出てきているメンバーも多いけれど、そうなるとやはり稼ぎの問題も出てきます。親もいつまでもいるわけではないし、売れるかどうかわからない絵を描いてずっと暮らしてゆけるのかなと。

 より地に足のついた暮らしをかたちづくることが、最終的には必要になる。ここに通いながら同時にパートの農作業に通っているメンバーがいるんですけど、彼も自分の暮らしの足元を意識し始めているんです。

 めいめいがそんなことを。自分の暮らしを実現してゆける、大きな場所をつくってみたい。カフェがあって、ギャラリーがあって、宿泊施設があって、日々活動できるアトリエがあり、中には芝生の空間があって、メンバーだけでなく地域の子どもらがサッカーをしていたっていいし、お昼にランチを食べに来てくれてもいいし。そこが街の拠点にもなって、なにげない交流があり、「違いがあって当然」という感覚がごく普通のものになってゆけば。

 施設というよりコミュニティのようなもの。地域の核になるような場所をつくってみようかという話を最近交わしているんです。「もう、とことん夢を追求しちゃおうか!(笑)」と。

 僕らは障がい者施設の世界に、これまでなかったようなトンネルを掘り進んできて、とても楽しかった。「こんな場所いままでなかったよね!」という気分で。

 1997年に吉田が「工房まる」を立ち上げたときに書いた趣意書は、いつでも読めるようにウェブサイトに上げてあって、それを読むとわかるけれど彼の頭の中は変わらずにずっと一貫している。そこへ本格的に向かってゆくことになるので、「これからが大変やな」という感じですね。

吉田 いろんな人が一緒にいられる場をつくり出すことを、とにかく追求しないと駄目だと思っています。モチベーションがずっとつづいているのは自分でも不思議なのだけど、そこに向かう情熱は、まったく失われていないんですよね。

まる maru

1997年に開所した障害福祉サービス事業所としての「工房まる」と、10年後に設立された特定非営利活動法人としての「NPO法人まる」の2つの顔があり、前者の施設長を吉田修一さんが、後者の代表を樋口龍二さんが務めている。施設としては福岡市南区の野間と三宅の二ヶ所にあり、日・月曜以外の週5日間、約30名の利用者が通っている。

http://maruworks.org/

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