本文へジャンプ

Open Middleware Report Web

Hitachi

みどるな障がい者施設の冒険 福岡の障害福祉サービス事業所「工房まる」を訪ねて 文:西村 佳哲

一緒にいられる場をつくる

みどるな障がい者施設の冒険
「地域の子どもたちにとって、うちのメンバーは兄ちゃん、姉ちゃんです。そんな関係が1つでもあることで、将来そういう人たちと対峙したときになにか余裕をもって接することができれば、互いにハッピーなんじゃないかな」(樋口)

──障がい者に障害があるわけではなくて。

樋口 「建物に入りたいとき、車椅子の人は階段だと進めないけれど、スロープがあれば『障害』はなくなる。そんな感覚だよ」と説明してくれた。「したい」という求めと対象の間に「できる」ツールをつくれば、関係はつながってゆくんだと。

中牟田健児「フクロウ」
中牟田健児「フクロウ」

吉田 なにかを「したい」から障害は生まれるのであって、もし「自分はこのままでいい」と欲求も関係も持たなければ、障害なんて生じない。つまりそれは"間"にある、という考え方です。

 障がい者と健常者と呼ばれる人たちの間に、なぜ障害が生じてしまうかというと、それぞれの生きる道が分かれてしまっているからだと思う。

 生まれたときから障がいのある人とない人では、たとえば同じ保育所に入れないし、一緒の小学校にも、中学・高等学校にも通えない。子ども会にも入れないし、同じ地域に住んでいてもともに過ごす場がない。成長するにつれて存在はますます見えなくなり、さらに溝が深まってゆく。それで僕や樋口も、「どうかかわればいいかわからない」と最初は固まった。

 僕が通っていた地域の学校は道徳教育が盛んで、「差別はしちゃいけない」と教え込まれていました。でも街中でそういう人を見かけると、つい目を背けてしまったり、あるいは逆に追ってしまう。特別な目で見てしまっていることはわかっていて、しかしどうかかわればいいかわからない。怖さもあるし、話し掛ける理由もないし。

 しかし彼らにかかわるきっかけも、関係を生む場も時間もなにもない。経験する場所がないのだから、どう付き合えばいいのかわからないのはあたり前ですよね。

──能力的な違いはあるし、なんでも一緒にできるわけではないにしても、まるで「いない」ようになってしまっていることで、さらに生じている障害や困難さがあると。

吉田 その原因が、生きている世界が区切られていることにあるのなら、両者がごく普通に、日常的に集まれる場所が街の中にあればいいんじゃないか。そういう場や経験があれば、要らない差別や偏見は自然となくなってゆくのではないかと思いながら「まる」を運営してきたんです。

冒険の仲間になる

陶製グッズ。いろいろな動物のオブジェや、人気商品の「豆皿」
陶製グッズ。いろいろな動物のオブジェや、人気商品の「豆皿」
陶製グッズ。いろいろな動物のオブジェや、人気商品の「豆皿」

樋口 最初の頃、隣に座っているメンバー同士が、僕らを介して話をしようとすることが気になったんですよね。小中高とそんなふうにしてきたからなんだと思うけど、「おかしい」と。「これはメンバーたちと、いろいろ冒険しなくてはいけないな」と思った。自分の世界を自分で狭めてしまっているので。この人たちをドキドキ、ワクワクさせるものをなにか仕掛けてゆかなくてはと。

 たとえば彼らは、放課後に道草した経験がないんですよ。送り迎えがあるから。「ちょっと行ってみたいな」とか、未知なるものに興味を示して動いてゆく機会がなくて、自分がわかっている範囲の「この人は信頼できる」「この人は大丈夫」というところへ向かってしまいがちな感じがあった。

 でもこちらには、「いやいや。もっと広いぜ」みたいな思いがあって。それで一緒に寄り道をしたり、読みたいものがあれば一緒に書店に行ったり。「僕ここ行ったことないんですよ」と聞くと「行ってみようよ」と連れ出して、「海って深い」とか「少し沖に出ると怖い」ということを、ちょっと体感してみたりして。

 すると彼らもそんな時間のことを、あとから思い出話のように語りかけてくるわけです。

 で、こちらも一緒に楽しんでいるから、「だよね!」という応答になる。この感覚が大事というか、人と人というのは普通そうじゃないのか?と思う。友だち同士であるとか、ときには兄弟のように感じられる相手が増えてゆく、この感覚を楽しんで欲しいんです。

 僕も吉田もスタッフには、指導でなく創造することを、つくってゆくことを一緒に楽しんで欲しいとすごく言っている。これは大事なことだと思うんですよね。「あなたも知らないところへ、一緒に冒険しに行くんです」ということ。

 そういう時間を通じてメンバーもスタッフも、互いに自分らしくなってゆく。でもいわゆる福祉サービスの現場では、なかなかそれができていない。福祉スタッフと利用者という関係の中で、「○○してあげなくてはいけない」というかかわり方にとらわれてしまっていて。

 メンバーにもスタッフにも、個が薄まってしまうようなことは僕らはまったく求めていない。自分と「まる」でなにができるか? 自分と他のメンバーでなにができるか? ということを常に考えていて欲しい。仕事を「ただ作業をこなしている」ような時間にしないで、そこにちゃんと自分の満足があるように働いていて欲しいと思う。