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「いち。まい。に。まい。さん。まい」

 井戸端に腰かけた一人の娘が、赤い目を静かに光らせながら皿の数を数えております。周囲には固唾を飲んで見守る長屋の面々。皆一様に固く拳を握り締め、娘が皿を数えるごとに、しっかり深く頷いています。御隠居などはぎりぎりと奥歯を鳴らし、口の端から一筋の血を流しております。長屋の女房たちがしきりに声をかけるのです。

「しっかり、お菊ちゃん」

「今夜こそ、お菊ちゃんなら」

 よん。まい? 人々の間に、ほぉーうといった安堵の溜息が広がります。お菊と呼ばれた娘の頭が傾いて、ザンバラ髪が不安そうに揺れはじめます。感情のこもらない目が焦点を失いかけて長屋の面々の顔の上をすべります。

「そうだよ。あってるよ」

「いけるよ」

 長屋のみんながそうやって必死に娘を励ます中、暗闇にうっそりと立った影が一言。

「今、なんどきだい」

 喧騒に紛れたその囁き声を鋭敏に捉えた娘の体がびくりとこわばり、視線を下げて自分の胸元に赤黒く光るLED表示の時計を確認します。娘はいかにもメカらしく、機械的に応答します。

「ヘイ。ここのつデ」

 娘の言に人垣から悲鳴が上がります。「駄目、お菊ちゃん」「お菊ちゃん、お菊ちゃん、正気に戻って」「四枚の次は、四枚の次は」「今日こそは、今日こそはうまくいくと思ったのに」

 娘はぎりりと口元を引き締め、騒ぎ立てる長屋のみんなを睨みつけると、

「じゅう。まい」

 と皿を数えたのです。ひいい、と声を裏返した御隠居さんが白目をむいて腰を抜かし、手だけでどうにか後ずさります。井戸の周りに哀しげな悲鳴と啜り泣きが広がります。

「じゅう。いち。まい」

 娘はそんな光景も目に入らぬ様子で、続けて皿を数えていきます。

「じゅう。いち。に。まい。じゅう。いち。に。さん。まい」

 十枚以上を数える機能を持たない娘は、どんどんバグを深めていき、数の混乱がメカ江戸の街をひたひたと浸していきます。遠くから半鐘の音が響く中、赤いランプを閃かせたヘリコプターがバタバタと風を吹き寄せながら集まってきます。

「ゴヨウダ。御用だ。ゴヨウダ。誤用だ。毎夜毎夜の数え間違い、最早看過しがたい」

 娘へと時刻を尋ねた黒い影がそそくさと姿を消していることに気づいた者はまだいません。

 娘は空を仰いでヘリコプターの群れを迎え入れるように手を広げ、関節のはずれた顎がガクリと落ちて大笑いをはじめます。

「一枚は二枚。二枚は一枚」

 娘はそう叫びつつ、手元の皿をバリバリと噛み砕きはじめていました。