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数理的発想法4 「弱い」ロボットが、新しい「人間観」を切り開く 文:仲俣暁生

音声から身体、ロボットへ

 しばらくロボットとの掛け合いを楽しんだのち、別の場所に移動して岡田さんに話をうかがった。

 1960年、福島県生まれ。東北大学大学院工学研究科で博士課程修了。現在の職を得る前は、はじめはNTT基礎研究所、ついで関西の「けいはんな」学術研究都市にある国際電気通信基礎技術研究所(ATR)に移った。『弱いロボット』の著者プロフィールには、「小・中学校の頃は真空管のヒーターの灯りにワクワクしながら、半田ごて大好きのラジオ少年として過ごす」とある。頭だけでなく手を動かすことが好きな人であることがよくわかる。まずは「ロボット」以前の経歴をうかがった。

 「ドクターの頃にやっていたテーマのまま、NTT基礎研究所に移りました。音声言語処理という、音声認識と言語処理をつなぐような仕事です。基礎研究所は国内外における音声研究のメッカだったんです。それから2、3年して、アメリカのSRI(Stanford Research Institute) という研究機関に行き、そこでは音声認識とプラン理解をつなぐ仕事を二ヶ月ほどやりました。でもけっこう問題が難しくて、このテーマだとちょっと頭打ちになってきたんです」

 そんなことを感じていた折り、岡田さんに大きな転機が訪れる。アフォーダンスの研究で知られる心理学者の佐々木正人さんとの出会いである。アフォーダンスは1960年代にアメリカの心理学者、ジェームズ・J・ギブソンが提案した概念で、ひとことで説明するのは難しいが、「認知」という課程は主体の能動的行為だけではなく、環境の側に、「アフォード(〜できる、〜を促す)」というかたちで価値が備わっているために起きる、という考え方だ。デカルト的な自我論やフロイドの精神分析学を超える、生態心理学という学問体系の基礎となっている。

 「1990年代のはじめ頃、当時は早稲田大学の所沢キャンパス(人間科学部)におられた佐々木正人先生の研究室に出入りして、アフォーダンス研究会に参加していました。

 佐々木先生が『アフォーダンス ―新しい認知の理論』(岩波書店)を書かれたのは1994年で、その翌年に僕もATRに移ることになりました。基礎研は伝統的な研究が中心ですが、ATRは世の中のテーマを先取りするタイプの研究所。せっかくだからここでなにか面白い仕事をしたいと思って、「雑談」の研究をはじめたんです」

 「ロボット」を意識しはじめたきっかけは、本田技研工業が開発(製造はホンダエンジニアリング)したASIMOだった。「鉄腕アトム」を実現しようという日本のエンジニアの長年の夢が結実した、世界初の本格的な二足歩行ロボットである。

 「1990年代の後半、“身体”とか“身体性”という言葉が一時期、研究者のあいだで流行ったんです。なんだかよくわからないけれど、面白そうだなと思った。僕らは対話システムという、いまのアップルの「Siri」のハシリみたいなプログラムを書いていたんですよね。ところが、コンピュータと会話していると、「ありがとう」と言ってから5秒ぐらいたって「You're welcome」と答えが返ってきたりする。それだとまったく「つながった感じ」がしないんですよね。何かが足りないんじゃないか、たとえば“身体性”を考えていくともう少し面白いコミュニケーションの研究ができるんじゃないか、という気づきがあったんです。

 そのときに、ロボットが面白そうだぞ、と思った。ASIMOが出てきたときのドキドキ感はすごく大きくて、“言葉”を主体に考える従来のコミュニケーション研究とは違う領域で、面白い議論ができそうな気がしたんです。あんまり本を読まないで、つくりながら考えるタチなので、じゃあ自分たちでも、“身体”なるものをロボットでつくって、それをつかってコミュニケーションについて議論してみよう、と」

 最初につくったのはハードウェアのロボットではなく、コンピュータ・グラフィックスによる「身体」をもった会話エージェントだった。このエージェントは、人間と「雑談」を行うことができる。

 「ギブソンの生態心理学には、環境と身体がひとつのシステムをつくりながら知覚するという「知覚システム」の考え方があるんです。佐々木先生たちは心理学の方向から抽象的な議論をしているので、僕らはギブソンやその系列の研究者(ギブソニアンと呼ばれる)がいう“身体”を実際にカタチにすることで、議論の橋渡しをしたかった。

 そのためには、環境から支えてもらうような知覚システムができればいい。アクチュエーターとセンサーが一体になっていさえすれば、ロボットに手足や顔はいらない。それでつくったのが「トーキング・アイ」でした。本当は豆腐みたいな直方体でやりたかったんですが、そういうCGを生成する技術がなかったので、球体からはじめた。球をふらふらさせて、そこに目玉をつけて、胴体っぽいものをつけたら人らしくなるかな、って」

 「トーキング・アイ」は物理的な身体をもったロボットではないが、最新の理論に基づいていた。1986年にロドニー・ブルックスが提唱した「包摂アーキテクチャ(subsumption architecture)」である。これは振る舞いに基づくロボット工学を起源とする人工知能の概念で、一見複雑に見える「知的」な振る舞いを、多数の単純モジュールに分割し、それらに階層構造を構築することで、複雑さを実現するという手法だ。ブルックスは最近人気の床掃除ロボット「ルンバ」の生みの親でもある。

 「当時、彼のつくったロボットに衝撃を受けた人は、けっこう多いと思うんです。あらかじめプランがあるのではなく、行き当たりばったりに、複数のエージェントが相互に委ね合っていると、全体として面白いことをやってしまう。そういうことを期待する雰囲気が1990年代のマルチエージェント研究にはありました。「トーキング・アイ」はそれを会話に応用した。雑談のなかでの発話交代とか、話題がスイッチするときのきっかけなどを、マルチエージェント的な考えに基づく創発現象として使えそうだな、と思ったんです」

次世代ロボット創出プロジェクトの学生たちと、彼らがつくったロボット
<次世代ロボット創出プロジェクトの学生たちと、彼らがつくったロボット>