本文へジャンプ

Open Middleware Report Web

Hitachi

数理的発想法3 数学をめぐる〈対話〉を「物語」にする 結城浩 文:仲俣暁生

いつの時代も、創造性の核には個人の「発想」があった。「発想」をかたちにするには技術のたすけが必要だが、情報通信技術の発展は、そのプロセスを大きく変えた。「発想」にはじめから、技術がビルトインされるようになったのだ。そうした発想のあり方を、かりに「数理的発想法」と名づけてみた。

第三回目にご登場いただくのは『数学ガール』の作者、結城浩さん。「フェルマーの最終定理」や「ガロア理論」といった難解な題材、しかも作中に数式をたっぷり盛り込んだ読み物にもかかわらず、 最新の第五巻までで、のべ20万部を超えるヒット作となっている。 古来、多くの人を惹きつけてきた数学の魅力はどこにあるのか。その鍵をにぎる今回のキーワードは、〈対話〉である――。

 『数学ガール』という、いっぷう変わった「読み物」がある。男子高校生の「僕」を主人公に、同級生のミルカさん、一学年下のテトラちゃん、従姉妹で中学生のユーリなど、文字どおり数学好きの「ガール」たちを登場人物に配したライトノベル風の作品だ。

 とはいえ、扱う数学の内容は決して初歩的なものばかりではなく、本のまえがきに「小学生にもわかるものから、大学生にも難しいものまで」とあるとおり、高等数学の範疇までが含まれる。

イラスト

 作者の結城浩さんは、C言語やJava などプログラミング入門書の書き手として定評のある書き手だ。プログラマ向けでもあるが、一般の人が読んでも面白い本として『プログラマの数学』や『暗号技術入門―秘密の国のアリス』といった著作もある。

 現在は専業ライターだが、会社員時代には実際に開発者として働いたこともあるという。そうしたこれまでの仕事と、『数学ガール』シリーズはどうつながるのか。結城さん自身は「数学」にどのような魅力を感じているのか、いつか話をうかがいたいと思っていた。

 ふだんのお仕事場で、と取材を申し込んだところ、「いつも喫茶店を移動しながら仕事をしています」とのお返事。ならば、と今回のインタビューも喫茶店で行った(ただし、ご本人の希望でポートレートの撮影はなし。ネット上では「スレッドお化け坊や」のアイコンが、結城さんのアイデンティティになっている)。

 そういえば『数学ガール』の登場人物たちも、よく喫茶店で数学論議に花を咲かせる。そこがドトールでもスターバックスでもなく、やや古風な「ビーンズ」という名前の店なのは、物語全体が(のちに数学教師になった主人公)「僕」の回想という形式だからかもしれない。つまりこの作品は、現在をさかのぼるX年前の物語ということになるのだろうか。

「ラスボス」を倒す

書籍『プログラマの数学』ソフトバンククリエイティブ 書籍『プログラマの数学』ソフトバンククリエイティブ 書籍『数学ガール/ゲーデルの不完全性定理』ソフトバンククリエイティブ 書籍『数学ガール/乱択アルゴリズム』ソフトバンククリエイティブ コミックス『数学ガール(上)』作画:日坂水柯/ (株)メディアファクトリー

 はじめに、プログラミング入門書から、暗号技術などの本を経て、『数学ガール』のような「物語」へと、書くものを少しずつシフトさせていった理由を聞いてみた。 

 「アプリの話よりプログラミング言語の話は長生きするけれど、数学の話はもっと長生きすると思ったんです。私は飽きっぽいので、同じことを繰り返すのではなく、少しずつ自分が書けるものの陣地を広げていきたいんです。『プログラマの数学』は数学とプログラミングの境界にあたる本で、『数学ガール』は数学と物語の境界にあたる本といえるかもしれません」

 『数学ガール』のもとになる話は、2002年頃から書きはじめ、ご自身のサイト上で公開していたという。

 「最初は一ページだけの、『ミルカさん』という物語でした。主人公が図書館で一人、数式を変形していると、髪の長い女の子がすぐ隣に座ってきて、その子と数学的なやりとりになる.そういう理系の男の子がいかにも妄想しそうな物語を、100パーセント趣味として書いていたんです。

 その後もとくに本にするつもりはないまま、好きなことを書いてウェブで公開していたら、みんなから「面白いね」という反応があって、調子に乗ったんですね(笑)。そのうちに目次構成ができるくらいの長さになって、それらはぜんぶLaTeX で組んでPDFにしてあった。それを、あるときお世話になっている編集者さんに持っていったところ、出版が決まったんです」

 こうして2007年に世に出た『数学ガール』には、著者自身も予想していなかった反響があった。翌年にはさっそく続編の「フェルマーの最終定理」編が刊行され、その後もほぼ一年に一巻のペースで続刊が出ている。

 当初からシリーズ化を予定していたわけではないため、第一巻には副題がないが、第二巻の「フェルマーの最終定理」以後、「ゲーデルの不完全性定理」、「乱択アルゴリズム」、「ガロア理論」と続く副題は、本の中で登場人物たちが最終的に挑む数学史上の難題である。

 「いつも全十章構成で、全体は300数ページ、というしばりを自分で決めて、最終章にいちばん難しいラスボス≠ェ出てくるようにしています。ラスボスを納得のいくかたちで倒せるように構成して書いていくんですが、「どう倒せばいいか」まで、はじめからわかっているわけではない。たとえば、第五巻を書くまで「ガロア理論」のことは私もよく知りませんでした。毎回、自分自身が数学書をあらためて勉強しなおして、倒すための武器として数学的にこれとこれとこれは必須だ、ということに気づかなくてはならないんです。

 「ゲーデルの不完全性定理」のときは、論理的な思考の重要性を理解してもらうために、直接的にはまったく関係のない「数学的帰納法」の話も入れました。論理式の扱いをあらわすために、「連続」や「極限」について話をしました。そうやって、登場人物がラスボスを倒すために必要な武器≠選んでいく。ふさわしい武器≠ェなければ、実際の高校生が手に持てる、武器に似たものを探さなくてはならない。だからどうしても執筆には一年かかるんですよね」

 この言葉には、正直すこし驚いた。『数学ガール』は、作者が「すでに知っていること」を、「読み物」というスタイルでわかりやすく書いたものではないのだ。手にしたいくつかの武器≠ニともに、登場人物たちは数学史上の難問に実際に立ち向かう。数学という学問がおりなす山脈の峰々に、少年少女が(読者とともに)挑む物語.それが『数学ガール』だといっていい。

 こうした物語を魅力的に書くためには、作者自身が、命がけでその頂上.結城さん的な表現ではラスボス≠倒す.までの筋みちを、手探りで探さなければならない。この物語には登山のための道標のように、その過程が刻み込まれているのだ。

 「自分が理解できるギリギリいちばん難しいところまでは、専門書を読んで理解するようにしています。やっちゃいけないのは、自分が理解できないものを丸写しすること=B入門書や啓発書だけを読んで、そこから先に一歩も踏み込まないのもナシです。その中間にある、これ以上は私にはもう無理≠ニいうところまで行くことが、いちばん重要なんです。

 私の中にある貴重な能力のひとつは、自分が一年必死で勉強したらどこまで理解できるかを、正確に把握できることかもしれません。「ゲーデルの不完全性定理」や「フェルマーの最終定理」は、一年何カ月か頑張れば、きっとこういうかたちに落とせる、ラスボスを倒す技を何か見つけられるはず……ということがわかった。ただし、企画段階ではまだ、倒せるかどうかも正確にはわからないし、必要な武器≠ェ何なのかもわからない。そういう状態ではじまるので、毎回とてもチャレンジングですね(笑)」

3ページ中1ページ