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数理的発想法2 コミュニティが〈アーカイブ〉をアップデートする 渡邉英徳 文・仲俣暁生

「初動として機能すればいい」

東日本大震災アーカイブ
東日本大震災アーカイブ

 「3月11日は、八王子原爆被爆者の会の代表の方とミーティングをしていました。午後1時頃に打ち合わせが終わって、都心に戻ったところで大きな揺れが来た。それまで原爆は自分にとって遠い時空間の出来事だったけれど、津波で更地になってしまったり、放射能災害が起きたりしたことで、原爆が同時代の出来事のように思えた。たぶん僕らは死ぬまで今回の震災の話をしつづけるはず。単純にアナロジーにしてはいけないけれど、原爆の悲惨さを伝えようとしている人たちのことが、ようやく少し理解できたような気がしました」

 渡邉さんとその研究室の学生は、東日本大震災直後の混乱のなか、さまざまな震災情報をGoogle Earth上にマッシュアップし、直感的に把握しやすいようビジュアル化して伝えるプロジェクトを、いち早くたちあげた。

 まず、震災翌日の3月12日、「福島原発からの距離マップ」を公開した。大きな被害を受け、放射能漏れのおそれがあった福島第一・第二原子力発電所の周辺地域に対しては、国や自治体を通じて避難や屋内退避が指示されていた。状況が刻々と変化するなかで、避難や退避の対象となる地域や指示内容も揺れ動いた。いま自分がいる場所は原発からどのくらい離れており、現時点ではどのような指示が出されているのかを直感的に知る手段が必要だった。

 このマップの最初のバージョンを渡邉さんはわずか4時間で完成させた。ポリゴンデータが作成できる人に通勤の途中で電車のなかからTwitterで依頼するなど、動きまわりながらの制作だったという。

 被災地からの避難や、被災地へ人や物資を運ぶために、震災で寸断された道路の交通状況は何よりも重要な情報だった。本田技研工業は3月12日に、自社の自動車ユーザーから提供されたカーナビの利用状況から、前日の通行実績と渋滞情報のデータを公開していた。これらのデータを避難所の位置や救援物資の情報とあわせて重層的にGoogleEarth上にマッピングした「通行実績情報マッシュアップ」も14日には完成させた。提供された通行データを軽くするプログラムは自作した。

 私は震災直後にこのサイトをネットで見つけ、「なるほど、GoogleEarthというのはこういう風に使えばいいのか!」と膝を叩いた。これまでGoogle Earthはなんども見ていたが、航空写真で世界中を俯瞰でみたり、著名な観光地にズームアップして、その風景を3次元写真で楽しむといった、遊び半分の使い方しかしたことがなかったからだ。

 「被災地3次元オーバーレイ」と名づけた、ネット上で公開されているニュースサイトなどの被災地の写真をGoogle Earth上で立体的に貼りつけ、震災前の風景と比較したり、被災地の周辺地域との関連がみられる仕組みもつくった。

 震災後、マスコミやジャーナリストや被災者自身によって、被災地の写真が続々とネット上に公開されていった。しかし写真を単体でみるだけでは、悲惨さがクローズアップされるばかりで、その背景にある風土や人々のコミュニティといった文脈がわからない。Google Earth上にマッピングし、背景に溶けこませることで、それらへの想像力をかきたてる。この「被災地3次元オーバーレイ」には、のちに宮城大学の研究室や首都大学東京の学生有志が撮影・録音したパノラマ画像や被災者の証言音声などもマッピングされていった。

 当時を渡邉さんはこう振り返る。

 「あのとき考えたのは、僕らは初動として機能すればいい、ということでした。大きな会社は稟議などがあるので、すぐには動けない。だったらその間に僕らが持てる技術で、まずはつくる。それが評価されたら、大きな会社がフォローするかたちで、より信頼度の高いものをつくってくれればいい。やがてグーグルやヤフーがやりはじめたので、僕らはもうステージを降りていいと思ったんです」

 この延長線上にできたのが、2011年10月に公開された「東日本大震災アーカイブ」だった。

 渡邉さんたちによる「東日本大震災アーカイブ」(同じ名称のアーカイブが他にもいろいろある)は、それまでに彼が手がけた諸アーカイブと同様Google Earthの上に、「被災地3次元オーバーレイ」で使用した画像や、朝日新聞社が刊行した『いま伝えたい千人の声』から抜粋した被災者証言、地震発生時刻からの24時間の間に位置情報を付けてつぶやかれたツイート、FNN東日本大震災アーカイブからの動画映像など、いくつものレイヤを重ねあわせて表示している。

 ここに埋め込まれた大量の情報を、レイヤを切り替えながら見ていくと、いくら時間があってもたりない。東日本大震災という出来事がいかに広範囲を襲ったか、いかにきわめて多くの事象の複合体であり、全体像を一挙に把握したり、ひとことで表現できるものではないかを、あらためて痛感させられる。すべてを見られないからこそ、ここに集められた写真や証言の一つひとつのディテールを注視することで、震災に対する認識が新たになった面もある。

 「よく、わかりにくくて使いにくいと批判される。でも自分のなかでは、『わかりやすくしてたまるか』という思いがある。いかにもわかりやすそうなインターフェイスにみせかけているけど、これは利便性を追求するためにつくったものじゃないんです。証言をもっとたくさん集めなくちゃ、とも言われるけど、そうなると僕一人でできる範囲を越えてしまう。このアーカイブはノンフィクションというより、どちらかというと文学に近いのかもしれません。この作品を通じて、僕は〈アーカイブ〉という概念のアップデートをしたいんです」