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みどるな会議進行 ミーティング・ファシリテーター青木将幸 文:西村 佳哲

本人が「する」のではなく、ほかの人がすることを「可能にする」仕事において、大事なことはなんだろう? 家族会議から国際会議まで、さまざまな話し合いの場を手がけるあるファシリテーターの言葉に、それを探ってみる。

最初の30分間

青木将幸さん

 青木将幸さんは36歳。2003年に独立し、個人名のファシリテーター事務所を立ち上げて今年で10年目。年間約100本の会議進行や場づくりを手がけて各地を飛び回っている。

 彼のクライアントは、企業や自治体、NPOや民間の団体まで驚くほど多様だ。ある小学校の教職員会議、ダイバーたちの全国会議、大手企業が主催する中学生と企業人の語り合いの場、アジア各国の知事や市長50名が集う国際会議、視覚障害者らで構成されるブラインドサッカー団体の方針会議などなど。離婚に悩む夫婦から家族会議の進行役を頼まれたこともあるという。

 世の中でひらかれる多くの会議や話し合いの場で、最もホットな想いを抱いているのはその呼びかけ人だ。だからこそ場をひらくのだが、本人が進行役を兼ねると、話し合いの成立(コミュニケーション)と、伝えたいこと(メッセージング)の2つを同時にこなさなければならないという難しさが生じる。参加者にとっても、進行役が視点や立場の偏りを抱えている状態はバランスが悪い。青木さんの仕事は、その局面において大きな価値を持つ。彼は会議の内容はメンバーに任せて、もっぱらコミュニケーションの成立≠ノ注力する。

 それはプロセスを扱うことであり、その場で起きてくることを最大限に尊重することになる。ので、ときには予定していた構成やプログラム案を手放す必要も生じるだろう。青木さんはそんな現場を、具体的にどう進めているのだろう。

―どんなふうに始めますか?

青木 役割の明示には非常に気を使います。たとえば「今日はこんな趣旨の会議だと聞いています。この場はなんでも言ったり、訊いたり。みなさんが感じていることを出していただける場所で、僕の役割は×××です」と始めたり。

 集まってくるメンバーは外部の人に、「まとめてくれるんじゃないか」とか「いろいろ教えてくれるかもしれない」とか、いろんな期待を寄せてくるので、「この人にはここを期待すればいいんだな」と早くわかってもらえるように、立ち位置は初めに簡潔に示す。

 それは集まっている人たちの役割の明示でもあるわけです。たとえば、「今日はおもに書き手としてかかわります(板書のこと)。どんなことでも発言していただければ一所懸命書いてゆきます。内容はみなさんにお任せしますので、ではどうぞ」という具合に始めることで、この会議はみんながつくるもので一人ひとりの声を一緒に編んでゆく時間なんだ、という土台が共有出来てゆく。

 スタートで勝負は決まるので、冒頭の約30分にその日の総力の半分以上を使っていると思います。

―始め方や、冒頭の構成は考えてゆく?

青木 考えますね。でも一つでなく10とか20くらい考えるようにしていて、ある案については部屋に入った瞬間に『なしだな』とわかるし、初めに主催者から一声もらったときのみんなの反応を見て、『この選択もないな』とまた懸命に考える。

 集まっている人たちがそれぞれどんな状態で座っているのか、「まずみなさんから一言ずつ言葉をいただきたいと思います」と聞かせてもらいつつ始めることが多いのだけど、声を聞きながら、様子を見て、進め方を懸命に選んだり悩んでいます。

 「最初の30分でなにが大事か?」と訊かれたら、とにかく全身全霊で一人ひとりの話を聞くことですね。「この人は聞く人なんだ」と認知されるのはとても大事。最近はいきなりトップギアで、集中してズドンと聞きに入るようにしています。その方があとの事々もスムーズに展開しやすい感じがしていて。

 語っている調子、からだの角度、その人が発するエネルギーのようなものを丸ごと受けとるんです。怒りを発する人からは怒りを、戸惑いを発する人からは戸惑いを、リーダーシップを発揮する人からはリーダーシップを受けとる。ドカベンのような感じで「なんでも来い」と。どんな球も「ナイスボール!」みたいな感じで取りにゆくキャッチャーが一人座っているとみんな思い切って球を投げ込んでくるというか、自分を乗せた言葉を発してくる。

 すべての時間を通じて、聞くことに7割くらいの力を、残り3割を進め方に割いている。僕の基本的な役割は、実は進行役というより聞き役だと思います。

成果物は自分の仕事ではない

ファシリテーターは…
ファシリテーターは…
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青木 会議のファシリテーションは、日本ではほかの仕事とセットになっていることが多いです。組織コンサルタントがその仕事の一部として手がけていたり、デザイナーが提案作成の前段階として行っていたり。その方がお金になるし、多くの人は「なんで会議の進行にお金を払わなきゃならないの?」という感じでしょう。専門的な知恵のインプットがあるからお金を支払えるんだ、という感覚なんですね。

 だから僕のようにW話し合いWだけを請け負う人は、ほとんどいない。「成果物は出さないんですか?」とよく訊かれるけど、「それは僕の仕事じゃない」と答えています。当人たちが話し合うために呼ばれているのであって。

―では、その会議の結論が青木さん自身の価値観に合うものでなくても構わない?

青木 はい。最初からそう思えたわけではないけれど、ある頃から、それより大事なことがよく見えてきたというか。

 もちろん僕にも自分なりの考えがあるし、大事に思っていることもあります。けどそれは自分の生活で実践してゆけばいい。場の結論が価値観に合致しなかったとしても、それがみんなが互いにかかわり合った結果として生まれてきたものなら構わない。めいめいが主体的に参加し合って、よき意見交換が出来る場さえ持てれば、問題はおのずと解決されるだろうし世の中も勝手によくなってゆく、と思うようになってきたんです。

 きれいに問題解決されたところで、それが一人ひとりの参加の成果ではなかったら気持ちが悪い。権力や力強いリーダーが引っ張っていて、「違うんじゃない?」と感じている人がいても声を上げられないような構造を通じて理想的な社会をつくり出したところで、結果的に誰にもそれを修正出来ない感じが残る。

 自分たちのことを、自分たち自身で取り扱える感覚を残したいんですよね。会議を進める技術は、逆に考え方や思想を効果的に注入したり、誘導することにも使えるんです。そういう場はたくさん見かけてきたけど、そこにいる人たちが生き生きしているようには見えないんですよね。

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