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いつの時代も、創造性の核には個人の「発想」があった。「発想」をかたちにするには技術のたすけが必要だが、情報通信技術の発展は、そのプロセスを大きく変えた。「発想」にはじめから、技術がビルトインされるようになったのだ。そうした発想のあり方を、かりに「数理的発想法」と名づけてみた。研究者やエンジニアから、経営者やアーティストまで、「数理的発想法」が活動の核にあると思える人々を、この連載では職種や分野の壁を越えて取材していく。第1回のキーワードは〈野生〉である―。

 2011年12月6日、東京・六本木にあるイベント会場「ニコファーレ」で風変わりな研究発表会が行われた。題して「第1回ニコニコ学会βシンポジウム」。天井と四面の壁にある巨大なLEDスクリーンに、「ニコニコ動画」でもお馴染みの言葉の弾幕がさかんに飛び交う。発表されるテーマも、「ARで動く初音ミク」だったり、「植木鉢ロボット」だったり、「クリスマスの存在を視野から外すこと」だったり。「ニコニコ学会β」とは、こうした自由な研究が可能な「学会」なのである。

 この日の7時間以上にわたる催しはインターネット上でも生中継され、のべ10万人以上が視聴し、大成功となった。今年4月には第2回のシンポジウムも、幕張メッセで行われた「ニコニコ超会議」の一環として開催されている。この「ニコニコ学会β」を組織した江渡浩一郎さんは、独立行政法人産業技術総合研究所(産総研)の研究員である。

 産総研ではメーリングリストとWikiを統合したコラボレーションシステム「qwikWeb」などを開発、そのかたわらで世界的なメディア・アーティストとしても活動しており、Wiki についての理論的な著作もある。そして今回、「ニコニコ学会β」の発起人・委員長ともなった。こうした多岐にわたる活動をしている「江渡浩一郎」とはいったい何者か?その「謎」を解くため、つくば市の産総研を訪ねた。

「ニコニコ学会β」とは何か。

「ニコニコ学会β」の様子
「ニコニコ学会β」の様子は、第1回、第2回ともすべてUSTREAM で現在も視聴可能である

 ネットの世界ではここ数年、ユーザー生成コンテンツの隆盛が続いている。もともとはブログのようなテキストのコンテンツから始まったものだが、映像や画像、音楽コンテンツの制作環境においてもプロとアマチュアの垣根が低くなったことを受けて、爆発的な量の参加者が参入することにより、ネット自体がきわめて豊かな「創造の場」となっている。その象徴が、「ニコニコ動画」にさかんに投稿されている、「初音ミク」というボーカロイドを使った動画コンテンツである。

 ひとことで言えば「ニコニコ学会β」とは、コンテンツの世界で起きているこうした変化を、研究の世界にも呼び込もうとする試みである。

 第1回の「ニコニコ学会β」の様子を書籍化した『ニコニコ学会βを研究してみた』(河出書房新社)の巻頭には、「ニコニコ学会βマニフェスト」という文章が掲げられている。論文ではなく映像での投稿にすることで参加の敷居を下げ、ニコニコ動画上で「研究してみた」というタグをつけて共有し、参加者相互の交流を促進しようという、「学会」の創設マニフェストとしてはかなり大胆な宣言文である。このマニフェストからも、この「学会」が「ニコニコ動画」から大きな影響を受けていることがわかる。

 もっとも、「ニコニコ学会β」という名称から誤解されるかもしれないが、この試みはドワンゴ(ニコニコ動画の開発元)社による活動ではない。研究者が主導して立ち上げ、ドワンゴ社を含めた数社がスポンサードしている。また、個人のスポンサーもいる。「ニコニコ動画」というサービスから強いインスピレーションを受けているとはいえ、あくまでもそこからは独立した「学会」なのだ。また、江渡さん自身は「ニコニコ動画」のヘビーユーザーだったわけではないという。

 それなのになぜ、「ニコニコ学会β」というネーミングなのか。

 「『ニコファーレで学会をやりたい!』というのが出発点にありました。5面の巨大LEDスクリーンに囲まれたあの空間が、ビジュアル的にすごいな、って。LEDディスプレイで数式がグルグル回ったり、発表者が巨大化したりといった演出をツイートしている人がいて、面白いなと思って。たとえば、壇上の発表者とウェブを見ている人との間で質疑応答ができる。そういうとんでもない演出で学会をやりたいと思ったんです」

 ニコファーレはいわば、「ニコニコ動画」を実空間で再現したようなイベントスペースである。江渡さんがこの場所に惹かれた理由は、「学会」という仕組みを「ニコニコ動画」のような環境のなかにまるごと投げ込んでみたかったからだろう。

 「もともとドワンゴさんとは、「ニコニコ動画」開発者の戀塚昭彦さんに招待講演を依頼したときからの関係です。彼は「Bio_100%」というゲーム制作集団のプログラマとしてよく知られていた。その戀塚さんがつくった新しいサービスが「ニコニコ動画」で、見た目もカッコイイし、すごいなぁと思っていたんです。それと、自分の知り合いが就職先や転職先としてドワンゴを選ぶ人が多かったんです。知り合いだった人が、どんどんあの会社に吸い込まれていく」

 戀塚昭彦氏は第1回の「ニコニコ学会β」のセッションに招かれ、伊藤博之氏(クリプトン・フューチャー・メディア株式会社社長)、濱野智史氏(株式会社日本技芸リサーチャー)と「作るアーキテクチャを作る」という鼎談を行なっている。「ニコニコ動画」はいま、何かを「つくる」(生み出される)うえでの、きわめて生産性の高い環境となっている。そうしたクリエイティブな環境そのものを「つくる」ことに対して、江渡さんはきわめて強い関心をもっているようだ。 

 

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