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「なにか」と「なにか」の間で機能する仕事。本人が「する」のではなく、他の人がすることを 「可能にする」ような働きにおいて、大切なことはなんだろう? あるNPOが東北で重ねてきた復興支援に、それを学んだ。

被災地のリーダーに"右腕"を

「右腕派遣プロジェクト」説明会

 2012年7月1日。人通りの少ない日曜日の官庁街のあるビルの会議室に、120名ほどの人々が集まっていた。年齢は幅が広く、50代後半から学生まで。男女の割合はおおよそ半々。働き盛りの30代が多い印象がある。

 エティック(ETIC.)というNPOがつづけてきた震災復興リーダー支援活動の1つ、「右腕派遣プロジェクト」の数回目の説明会。同プロジェクトは、被災地の復興に取り組むリーダーたちのもとに、その右腕として活躍する人材を送りつづけている。

 たとえば、人材ビジネス分野の企業で10年ほど新規事業やキャリアコンサルティングの仕事を手がけていたある女性は、2012年春からこのプロジェクトを介して、釜石の地域NPOの人々と働いている。震災前はわずか数名で運用されていたというそのNPOは現在100名以上の人々が働く規模に膨れあがり、大きな組織の管理経験を持ち合わせていない現地のリーダーは、業務と併行して日々の人事に四苦八苦していたという。彼女は前職で培った専門性やネットワークをそこで発揮している。

 ある電子機器メーカーに勤めていた別の男性は、30歳になる前に海外へワーキングホリデーに出かけようと考え、会社を辞めて渡航準備をしていたところに震災が発生。とるものもとりあえず被災地にボランティアとして入ってみたところ、復興には長い時間がかかることを実感。本格的なかかわりを考えるようになり、偶然知った右腕派遣プロジェクトに参画し、今は石巻で、買い物や学習のための移動サービスを手がける団体に加わり活動している。右腕となってちょうど1年目。そろそろ引き継いで別の人材に席を空けるが、現地で暮らしながら気がついたまた別の課題について、今度は自分で活動を始めるつもりだという。

 エティックは昨年5月から、フルタイムで3ヵ月〜1年ほど勤務できる20〜30代の若手を募集。右腕を必要とする現地の復興リーダーたちとの間をつないできた。歓迎される人材は、想像力をもって自律的に動ける人。ベンチャー企業やNPOなどにおけるスタートアップ経験を有する人。あるいは東北の出身で、地元に帰って復興に携わりたいと考えている人。

 マッチングが成立した右腕には、エティックが開設した震災復興基金から大学生で月10万円、社会人には月15万円を最低額とする活動支援金が支給される。同基金は、海外を含む企業・団体・個人の寄付によって賄われている。3年間で約200名の活動参画を、現時点の目標に据えているという。

 説明会は全体会を終えて、現地リーダーと机を囲んで話し合うブースセッションに移った。この日プレゼンテーションのあったプロジェクトは、学習支援、医療支援、復興プロジェクトへの融資、綿花栽培による水田とコミュニティの再生活動、交流人口増をめざしてあらたに建てられる研修宿泊施設の企画運営などさまざま。国や行政による復興事業や計画とはまた別の階層で、世界の隅々を満たしてゆく民間の動きがいくつも具体化しており、右腕派遣プロジェクトはその実現に手を添えている。

「自分たちの仕事」づくり

右腕派遣プロジェクトを進めるエティックの3人。
右腕派遣プロジェクトを進めるエティックの3人。右から山内幸治さん、辰巳真理子さん、玉川努さん。この日の説明会は、虎ノ門の日本財団ビルの大会議室を借りて開催されていた

 このプロジェクトを始めたエティックというNPOは、学生アントレプレナー連絡会議をその前身とする団体だ。アントレプレナーではなく、アントレプレナー・シップを。つまり創業経営者をめざすというより、起業家精神をもって社会にかかわりながら生きてゆく姿勢の共有を大切にしている。

 その成長機会を得る手段として、彼らは90年代後半から「インターンシップ」に注目。企業への学生インターンの派遣を重ねながら、その中で学生だけでなく、受け入れ先の担当者や組織を含む双方が学び合い、成長してゆく姿を見てきた。エティックのメンバーはその仕事に意義を感じ、大学卒業後も事業として継続。

 追って、彼らと同年代のネットベンチャーの起業が相次ぐようになり、インターン需要はさらに伸びた。が、初期のネットベンチャーに多く見かけられた社会変革指向の強い人々とやや異なる、株式上場そのものを目的としているような起業家の姿も増えてゆく中、エティックのメンバーは「そもそもなんのための起業なのか?」という原点の確認を行い、ビジネスを通じて社会の課題を解決する「社会起業(ソーシャル・イノベーション)」という立ち位置をあらたにする。

 2001年には社会起業家育成のプログラムを開塾。病児保育問題の解決に取り組むNPOフローレンスの駒崎弘樹さんや、人身売買から子どもを守る活動をカンボジア等で重ねる国際NGO/NPOかものはしの村田早耶香さん、生活者の手元に届けるところまで生産者が一環して行う農業モデルを実践するみやじ豚の宮地勇輔さんなど、多くの社会起業家がそこから姿を現してきた。

 2004年からはエティックのような活動を志す、国内各地の若手リーダーの求めに応え始める。経済産業省と打合せを重ね、年間1.5億円ほどの予算を確保して、各地域に助成金を出しながら自分たちのノウハウの移転を始めた。
2010年からの2年間は、全1,400名分のインターンシップと125名の創業支援を行う、予算10億円規模の内閣府事業も受託。事業を始めた大学生の頃から20年ちかく経って、30代後半の働き盛りの頃を迎えていた創業メンバーやその仲間たちは、強い手応えと充実感をもって日々働いていたことだろう。そこに2011年3月11日の震災が起こった。

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