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みどるな仕事を訪ねて みどるな被災地支援 ETIC.の「右腕派遣」プロジェクト 文:西村 佳哲

全員が学び合い、変わってゆく

右腕派遣プロジェクトの流れ図
右腕派遣プロジェクトの流れ
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 震災からその約2ヵ月後に始まる右腕派遣プロジェクトの間に、どんなことがあったのか。創業メ ンバーであり、エティックの事業統括も務める山内幸治さん(36歳)にお話をうかがった。

 「3月11日は、参宮橋で大きな研修会を開いていました。集まっていた学生たちの帰宅手配や、事態の収拾にその日はほぼ終始して。でもそこには阪神・淡路大震災の経験者も来ていたんです。関西の同世代の仲間には、先の震災後に生まれたNPOが多くて。彼らに『これからなにが起こってゆくのか』を聞き、エティックに何ができるかを話し合いました。

 僕らは緊急救援活動に力を発揮する団体ではありません。おそらく後方支援部隊として機能してゆくことになるだろう。なら、より多くの活動を継続的に維持するための資金が要るようになる。3月は多くの企業が決算前なので、このタイミングを逃さずに基金形成を始める方がいい。僕らには税控除の枠組みがないので信頼資本財団に相談して、3月14日には『ETIC.震災復興リーダー支援基金』を開設しました。

 震災直後に思ったのは、各地に『リーダー』と呼ばれるような人たちが出てくるだろうということです。そしてその人のもとには、現地のニーズも、外からの支援も集中して、おそらくパンクする。阪神・淡路の経験を聞いてもそうだったし、容易に想像できた。そのリーダーを支えてゆくのが重要な仕事になる。

 自分たちはこれまで、人材のコーディネーションを通じてビジネスや社会起業分野のリーダーたちのイノベーションを手伝ってきました。おそらく同じような活動が求められるだろう。けど、まだサポートするべき現地リーダーたちの姿が見えない。

 14日には、関西の仲間たちを中心に『つなプロ』という活動が始まりました。これは避難所をくり返し訪ねてまわりながら、妊産婦、軽度の要介護者、精神的要支援者、外国人、障がい者、アレルギーや難病患者といった、特別な配慮が必要な被災者を発見し、専門性を持つNPOにつなげてゆくためのプロジェクトです。せんだい・みやぎNPOセンターと協力しながら、3月下旬から毎週200名以上の巡回ボランティアを送り込んでゆくことになるのですが、エティックはその事務局を担うことになった。

 でもこうした緊急支援活動を通じて現地とつながってゆけたのは、すごく大きなことで。その中で『右腕派遣プロジェクト』の輪郭が、徐々にはっきりしてきたんです

仮設住宅支援員配置支援プロジェクト
仮設住宅支援員配置支援プロジェクト
仮設住宅支援員配置支援プロジェクト
仮設住宅支援員配置支援プロジェクト
大船渡から始まった「仮設住宅支援員配置支援プロジェクト」は、岩手県北上市でNPO活動を行っていた菊池広人さんが中心となって始めた。現在2名の右腕が派遣されている(写真提供:エティック)

 つなプロで現地に入っていったボランティア・リーダーの一部は、3月、4月と現地にかかわってゆく中で、より継続的なかかわりの必要性を感じるようになり、個別のプロジェクトを立ち上げる人物が次第に生まれて来た。僕らはその傍らで動きを感じながら、まずその彼らが必要とする人材をリクルーティングし、活動支援金を補填して送り込む、という形で右腕の派遣を5月から始めたんです」

 復興に携わる現地の人々の話を聞いていると、震災直後から約2ヵ月間ほどの緊急期の様子を、みなとても生き生きと語る。耐え難いことは多々あったと想像するが、それでも自分たちの力で自分たち自身を支えたその時期のあり方について、柔らかな誇らしさを抱いている様子がしばしば感じられる。山内さんも同様で、不謹慎な表現になってしまうかもしれないが、当時をふり返る彼の語り口からはとても楽しそうな感覚が伝わってきた。楽しそうというより、エネルギーがあるという方が正確か。

 この時期の彼らやその周辺の仲間たちの動き方は極めて創造的で、なにかが立ち上がってゆく際の不定型性に充ち満ちているが、それを怖がっていた気配はほとんど感じられない。ゴールも路筋も曖昧なまま、とりあえず持てる力を投入し、得た手がかりをもとにして目標や方法に微修正を加える。OSを書き換えるように前進してゆく。

 「怒濤でしたね(笑)。自分たちはこれまで十数年インターンシップ事業をつづけて、それが人にすごい経験を与えることを確認してきました。たとえばベンチャーに働きに行ったインターンが、その後就職した会社で数年以内に新事業を立ち上げたり、みずから起業するといった動きにしばしば立ち合ってきた。

 おそらく東北でも同じことになるでしょう。いま東北は、日本の各地域が将来体験する社会課題に先駆的に直面しています。そこで必要なイノベーションの現場や、それを実現してゆくリーダーと働くことは、必ず大きな経験になってゆくと思う」

 このプロジェクトの中では、現地のリーダーも、右腕も、間に入り全体をオペレートしている山内さんたち自身も互いに学習し変化しつづけている様子がうかがえる。

 「右腕とはなにか? ということを、やりながら考えつづけています。たとえば最初は明確でなかったけれど、年明け頃からはっきりしてきたことの1つに『右腕はルーティンワークの労働力として派遣しない方が良い』という視点があります。岩手のNPOのリーダーが大船渡で始めた『仮設住宅支援員配置支援プロジェクト』というのがあるのですが、ここでは国の緊急雇用予算で100名ほどの地元の方々を雇い、必ず1日に1回、仮設住宅の全戸のドアをノックしてまわりながら言葉を交わして、様子を確認したり相談に乗る活動をつづけている。集会所の管理やコールセンター(住民からの相談窓口)の運営も同時に行っているのですが、ここに入っていった右腕たちは、その100名のルーティンとはまた別の動きを任されているんです。

 上手く進めるためのマニュアルづくりであったり、必要な検証作業をしたり。活動の精度を上げながら、横展開してゆくための仕事をしているんですね。

 国の予算や助成金はあらかじめ計画された目的とセットになっているので、他のことに使えません。でも右腕派遣プロジェクトはコトでなく人(リーダー)についているので、活動や組織自体のキャパシティを広げたり、自分たち自身を高めることに役立ててゆける。その方がいい。彼らの動きを見ながら、人材の活かし方をあらためて学んできました。大船渡で始まったそのプロジェクトは、今では大槌や釜石にも広がっています」