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「感動」に基づく新しい価値の創造
ユーザーエクスペリエンスを重視した新たな製品開発とは

ソフトウェアの価値が大きく変わり始めている。機能の豊富さや性能より、使う際の「楽しさ」「満足感」「感動」にこそ価値の重心がシフトしているのだ。これからのソフトウェア開発は「製品を通して利用者が得られる体験= User Experience(UX)」を抜きにしては語れない。日立製作所ソフトウェア事業部でUXの推進役を果たしているユーザエクスペリエンス設計部(以下、UX設計部)部長の守島 浩にUX向上への取り組みを聞いた。

機能、性能から体験、感動へのシフト

守島 浩の写真
日立製作所
情報・通信システム社
ソフトウェア事業部 事業戦略本部
ユーザエクスペリエンス設計部 部長
守島 浩

 UX(顧客経験価値)とは、ユーザーが製品やサービスを購入し、それを実際に使った際に得られる、質の高い「経験」や「体験」を提供価値とする考え方である。混同されやすい概念としての「ユーザビリティ」が、製品・サービスの実用的品質(使いやすさ、効率、視認性など)を高めるものであるのに対し、UXはさらに利用者の感性的品質(満足感、楽しさ、感動など)も向上させる概念であることが大きな違いとなる。

 近年、ITシステムを構成するさまざまな製品・サービスでUXが重要視されるようになってきた。その背景を、UX設計部 部長の守島浩は次のように説明する。

 「これまでソフトウェアやハードウェアは、機能がどれだけ網羅されているか、性能がいかに高いかに重点を置き、ベンダー側の視点から開発されるケースがほとんどでした。携帯電話もIT機器も、以前は使い切れないほどの機能を搭載し、分厚いマニュアルを添付したものが主流となっていたはずです。しかしここ何年かの間で、お客さまにとって本当に重要なのは、機能や性能ではなくなってきました。その製品を使うと仕事が楽しくなる、やりたかったことが簡単に実現する。そういった「体験」や「感動」に大きな価値を見出し始めてきたのです。今までは提供されたシステムにお客さまが合わせてきましたが、これからはシステムがお客さまに合わせなければ選んでいただけない時代になる。UXを重視しない製品はコモディティ化の波に呑み込まれ、いずれ競争力を失ってしまうだろう―そういった危機感と将来予測を背景に、ソフトウェア事業部は2009年、UXの専門機関となるUX設計部を立ち上げました。そしてUX指向で“お客さまの業務”視点から、ものづくりを推進していくUXアプローチの取り組みを開始したのです」

 日立グループはすでに1990年代からデザイン本部を中心に、製品・システム・サービスの開発においてユーザビリティやUXデザインに注力してきた。ソフトウェア事業部はそこで蓄積された知見や技術も活用しながら、ソフトウェア開発の現場から、より深くトータルな形でUXを適用させる活動をスタートさせたのである。

開発プロセスの改善と開発関係者の意識改革

 UX設計部の仕事は、UXの本質的な理解に基づいた開発プロセスの改善・実装という形で展開される。その範囲は「商品企画」「製品開発」「販売/拡販施策」「保守サポート/サービス」にまでおよび、これらを持続可能な形で連携させていく。ユーザーに高品質の経験価値を提供するには、その製品を使っているときだけでなく、ユーザーが持つ潜在的な課題やニーズの掘り起こし、購入時の意思決定、メンテナンス性やマニュアルの読みやすさなど、すべてのタッチポイントで最適かつ一貫性を持ったUXが提供されていなければならないからである。当然、ベンダー側の社員全員が「ユーザーの気持ち」に寄り添う想いとベクトルを常に共有できなければ、UXの実現は難しい。

 「これまで、ものづくりの現場では“機能と性能”“納期とコスト” などが設計/開発プロセスの中心にありました。われわれはそれを“お客さまの使い勝手や感動”を中心に置く形へ変革しようと考えたのです。その実行力を生み出すには、社員一人ひとりの意識変革だけでなく、組織自体の改革も必要でした」(守島)

 個人の意識をいくら変革しても、組織が旧来型のルールで運用されていては機能不全に陥ってしまう。そこでUX設計部は、社員に対する啓発活動としてのUX教育プログラムの実施や講演会に加え、各部門のリーダーとなる本部長や部長といった幹部社員に対しても、UXの実践に必要な課題を共有・議論させるワークショップを開催。UXの浸透を妨げる開発ルールは改善し、形骸化したプロセスも排除していった。

 ソフトウェア事業部内のいたる場所に掲げられたUX啓発のキャッチフレーズ『お客様のうれしいが、私のうれしい。』という言葉が社員一人ひとりの心に定着していくのに「それほど時間はかからなかった」と守島は言う。

 「“UXなんて必要ない。機能や性能さえあればいい”と考える社員は最初から一人もいませんでした。私たちの気持ちを伝えると“確かにそうだ”という想いを持っている人の方がむしろ多かったのです。さまざまな障壁を1つ1つクリアしていくことで、社員の価値観は確実に変化していきました」

図1 UX開発プロセス

ユーザー調査を重視しより高いUXをめざす

 ソフトウェア製品に求められる価値が「機能」から「UX」にシフトしていくことに合わせ、開発プロセスも大きく変化した。これまで開発現場では、仕様書による定義を厳格に適用しながら各フェーズを推進していく「ウォーターフォール型」が主流を占めていた。この方法は所定の手続きで承認されたものだけが次の工程へ進むため、原則的に順序を飛び越したり逆戻りしたりすることは許されない。それゆえ、滝の水が流れ落ちる様子に例えてウォーターフォール型と呼ばれる。

 だが、UX実現の基本プロセスとなる「人間中心設計」は、システムを利用する人間の行動特性や認知特性にも着目した評価・改善のサイクル(反復)が求められる。そこで新たなUX開発プロセスでは、これまで主に市場動向と保有技術の観点で行われていた「商品企画」の前段に、利用者の観点を盛り込むための「ユーザー調査」が追加された。また設計フェーズでも、ユーザー業務の流れを詳細なシナリオによって可視化する「ユースケース設計」が設けられた。この「ユースケース設計」を反映した「外部仕様設計」と「開発・テスト」までを、必要に応じて何度も反復することで、より高いUXを実現し、ブラッシュアップを図っていく。このアジャイルな設計手法を日立では「ユースケース駆動・反復型開発プロセス」と呼んでいる。

ユーザー本位の製品のためペルソナを設定

 ではUX開発プロセスの出発点となる「ユーザー調査」「商品企画」ではどのような作業が行われているのだろうか。

 「これまでも、お客さまやパートナーさまの声を聞くことなしに商品企画を進めてきたわけではありません。しかし、こんな機能が欲しい、ここを改善したらどうかという個別の指摘に応えるだけでは、利用者にUXを提供する抜本的なアイデアにはつながりにくい。むしろお客さま自身が気づいていない潜在的な課題やニーズをいかに引き出すか、さらには、新たな経験をいかに生み出すか、それを製品に反映できるかが重要なポイントとなってきます。そこでユーザー調査では、エスノグラフィ調査(ユーザーの作業現場の観察調査)を行い、さまざまなお客さまにインタビューを実施し、お客さまがどのような環境やどのような業務を行っているかを調査することで本質的なニーズを明らかにします。そして仕事への取り組み姿勢や価値観、目標といった視点から、具体的なユーザー像を浮かび上がらせていくのです」(守島)

 製品開発で最も重要なユーザー像の理解に役立つのが、象徴的なユーザーをモデル化した「ペルソナ」である。名前、年齢、職位、利用しているシステムや業務内容、仕事に対する意識、ポリシーなどが詳細なプロフィールとして記載されたペルソナは、開発チーム全員が目にする場所やデスクの上に置かれる。ペルソナを参照することで、上流から下流工程まで製品開発に携わる関係者全員が、どのような製品を誰に向けて開発していけばいいかが明確になるのだという。そしてペルソナと最新の市場・技術動向を起点に、それぞれの専門部署がワークショップを通じて新製品のアイデアや仮説を立案。対象ユーザーが直面するさまざまな課題への解決策をどう実現していくのかをテストマーケティングやインタビューなどで検証しながら、商品企画のコンセプトとプロトタイプを作成していく。ここで得られたユーザーの業務/運用実態のシナリオが「ユースケース設計」へと集約され、その後に続く「外部仕様設計」や「開発・テスト」においても、揺るぎない方向性を指し示す羅針盤の役割を果たしていくのだ。

 「ペルソナやユースケースを早い時期に展開することで、ターゲットとなる利用者像を明確に理解し指標化できるため、迷走がなくコントロールしやすい設計が行える。最初にペルソナを作ることで結果的にはより早く、高いUXを実現した製品をお客さまに提供できると考えています」(守島)

 UXアプローチは、製品やサービスを利用する現場の状況を可視化して、ユーザーが抱えるリアルな課題とその解決策に効率よくフォーカスできる特長を持つ。これにより、他社には真似のできないユニークな経験価値や信頼感、安心感を提供できるようになり、より多くのユーザーに評価・支持される製品開発へと結びついていくのである。

開発関係者のデスクに置かれている、ペルソナの名前や顔写真、価値観などを記したポップ。常にユーザーを意識しながら開発が進められる

UXアプローチで製品の価値そのものを高める

 ここで、UXアプローチが適用された具体的な製品を見てみよう。現在UXアプローチは、統合システム運用管理「JP1」、ストレージ管理ソフトウェア「Hitachi Command Suite(HCS)」、PC管理ツール「Hitachi IT OperationsDirector」などの製品から順次適用が始まっている。なかでもHCSは世界トップクラスのシェアを持つ日立ストレージの管理に欠かせない製品だけに、グローバルで多数のユーザーを持つ。そこで新製品「HCS V7」の開発では、米国法人である日立データシステムズとも連携し、各国のエンドユーザーから直接調査を行ない、ペルソナやユースケースなどに反映していった。その結果、どちらかといえばストレージ管理のエキスパート向けの製品であった前バージョンに対し、「HCS V7」はタスク指向のGUIを採用することで、基礎的な知識さえあれば驚くほど簡単に使いこなせるようになったのである。

 例えば、日常の運用操作を画面上の“よく使うタスク”ボタンから選ぶだけで、従来の操作と比べて1/6に削減することが可能となった。また、表形式で入力していた仮想プールの領域拡張も、視覚的なシミュレーションを行いながら直感的に操作できるよう変更されている。こうしたUX向上に対し、スイスの証券会社のユーザーからは『新しいHCSはとても使いやすくなった。その結果、25%のコスト削減につながった』という賞賛の声が、またオランダの銀行業ユーザーからも『私たちは、こんなにも甘やかされていいのか』というウィットに富んだメッセージが寄せられたという。UXアプローチの適用は確実にユーザーの心をとらえ、ソフトウェアの「価値」そのものを高めているのである。

UX開発により、大きく操作性が向上したHitachi Command Suite

UXの手法はマニュアルにも

 ソフトウェアの使いやすさを左右するマニュアルでもUXの向上が進んでいる。

 「従来のマニュアルは辞書のように分厚い冊子を最初から最後まですべて読み通さなければシステムが使えない構成になっていました。システムは本来、お客さまの業務実行を支援するためのツールであるのに、まずはツールの勉強から入らなければ業務が実行できない―これでは本末転倒です。そこで新しいマニュアルは利用目的や場面に応じて知りたい項目を検索し、そこだけ読めば理解できるよう、大幅に改善しています」(守島)

 当然だが、マニュアル作成においてもソフトウェアと同じペルソナとユースケースを想定した説明文の記述や運用方法の解説が行われている。このため、マニュアルを読み進めることでユーザーはすぐに業務を開始できる。UXアプローチを適用した日立のマニュアルや拡販ドキュメントは業界内でも高く評価されており、日本マニュアルコンテスト(主催:テクニカルコミュニケーター協会)では2010年、2011年と2年連続で部門優良賞を受賞している。

 また、ソフトウェア製品の全マニュアルをインターネットで公開したことや、トラブル時などに表示されるメッセージIDの内容をWebから簡単に検索できるようにしたことも、UX向上に向けた施策の一環である。マニュアル公開サイトはスマートフォンにも対応しており、顧客やSEは重いマニュアルを持ち運ぶことなく、いつでも、どこからでも知りたい情報に瞬時にアクセスできるようになった。この利便性と快適さはまさにUXを体現したものといえる。

UXを元に作成したマニュアル

UXによる価値創造を

 人間中心のUXアプローチで開発された製品やサービスは、さまざまな業務に携わる人々の作業時間やストレスを軽減し、高い生産性と満足感のある業務環境の実現に寄与する。ならば、クライアントとしてのユーザーだけでなく、その先の顧客や取引先、あるいは地域に対しても、高い満足度や感動をもたらす大きな原動力になるとはいえないだろうか。例えば、医療機関でドクターが使うシステムのUXが向上すれば、患者に対する医療サービスも向上していくはずだ。運用管理システムのUXが向上すれば、担当者の休日対応や夜間対応による負荷も減り、より高い運用サービスを提供できるかもしれない。

 「その意味でUXは、ITが社会に貢献するために必要不可欠なものであると私は信じています。これまでわれわれは、ソフトウェア製品とその関連サービスの価値を、いかにお客さま視点で強化できるかに注力してきました。今後はさらに、ハードウェアも含めたシステム全体、そして日立製作所が持つ幅広い製品群と事業分野にも、UXによる価値創造を広げていきたいと考えています」(守島)

 『世界ダントツNo.1の製品とサービスでお客さまに感動を届ける』ことを大きな目標に、これからも日立は、UXアプローチの実践による価値創造で、顧客満足を高める取り組みを続けていく。