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Hitachi

統合システム運用管理 JP1

インタビュー Vol.02

始めの一歩はすべて
設計者自身の挑戦から始まった

株式会社 日立ソリューションズ IT プラットフォーム事業部
運用管理システム本部 阿部 隆

今回は、当時、日立製作所ソフトウェア開発本部でJP1の立ち上げメンバーの1人であった阿部さん。立ち上げ当時をよく知る阿部さんに、JP1誕生時の挑戦について語ってもらいました。

(2015年3月30日公開)

株式会社 日立ソリューションズ ITプラットフォーム事業部 運用管理システム本部 阿部 隆

――JP1の誕生は1994年。JP1の誕生時のことを教えてください。

はい、JP1の基となるプロジェクトを立ち上げたのは、数十名のメインフレーム設計者でした。私自身もその中の1人です。メインフレームからダウンサイジングの流れでシステムのオープン化が進んでいくことを体感し、「この新たな市場に乗込まないと先はない」と考えたのが始まりとなります。事業に必要なヒト・モノ・カネは十分ではなく、オープン化されたシステムで利用するミドルウェアを売るノウハウもない中、「自分たちでできることを自分たちでやろう」という考えでJP1の開発プロジェクトが立ち上げられました。
つまり、JP1の始めの一歩はすべて、設計者自身の挑戦から始まったということです。

――そのようにして立ち上げられたのですね。「自分たちでできることを自分たちでやろう」というのは、具体的にどのようなことでしょうか?

立ち上げ当時、販売戦略の立案や、カタログ・セールスガイド・ホームページの作成、セミナーの開催をしたのも設計者自身がほとんどでした。例えば、JP1セミナーについては初回、会社の教室での開催でした。資料作り、資料配布、説明に至るまですべて設計者自身で対応しました。現在は専門の運営会社に協力いただき、都内のセミナー会場などで開催しています。

株式会社 日立ソリューションズ ITプラットフォーム事業部 運用管理システム本部 阿部 隆

――立ち上げ時の様子が目に浮かぶようです。このようにして進められたプロジェクトが、JP1として大きく成長した理由を教えてください。

設計者の信念と、営業・SEを含む周りの方々のご協力と捉えています。
「お客様が必要としているものを作ったら必ず売れる」という信念の下、情熱を持ってJP1のプロジェクトを推進していきました。私たち設計者の「こう考えています」という情熱や信念が周りの方々に伝わり、「やってみようか」というご協力を頂けるに至ったのだと感じています。

株式会社 日立ソリューションズ ITプラットフォーム事業部 運用管理システム本部 阿部 隆

――周りの方々との結束が好循環を生み、成長につながったというわけですね。最後に、これからもJP1が大切にすべき点をお聞かせください。

何事も現地に伺って、お客様はもちろん、お客様のシステムの運用に関わる営業・SEと直接、顔を合わせて話すのが大切と考えています。
ダウンサイジングへパラダイムシフトが起きつつある状況で、Windows/UNIXでもバッチジョブ実行管理のようなシステム運用が絶対必要だという実感を得られたのは、私たち自身でメインフレーム時代から全国を歩き回ってお客様のお話を直接伺ったからです。
そして、このようにお客様から直接ニーズを引き出し、やらねばならないと考えて確実にやり抜くことが重要だと思っています。

JP1立ち上げ時の前例がない中、新たな道を切り開いていった挑戦の姿勢が、たいへん印象的です。ありがとうございました。(編集担当)