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2018年1月17日
理化学研究所
大阪府立大学
株式会社日立製作所

新しい二重スリット実験

-「波動/粒子の二重性」の不可思議を解明するために-

要旨

  理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター創発現象観測技術研究チームの原田研上級研究員、大阪府立大学大学院工学研究科の森茂生教授、株式会社日立製作所研究開発グループ基礎研究センタの明石哲也主任研究員らの共同研究グループは、最先端の実験技術を用いて「波動/粒子の二重性[1]」に関する新たな3通りの干渉[2]実験を行い、干渉縞[2]を形成する電子をスリットの通過状態に応じて3種類に分類して描画する手法を提案しました。
  「二重スリットの実験[3]」は、光の波動説を決定づけるだけでなく、電子線を用いた場合には波動/粒子の二重性を直接示す実験として、これまで電子顕微鏡を用いて繰り返し行われてきました。しかしどの実験も、量子力学が教える波動/粒子の二重性の不可思議の実証にとどまり、伝播経路の解明には至っていませんでした。
  今回、共同研究グループは、日立製作所が所有する原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡[4]を用いて世界で最もコヒーレンス[5]度の高い電子線を作り出しました。そして、この電子線に適したスリット幅0.12マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1mm)の二重スリットを作製しました。また、電子波干渉装置である電子線バイプリズム[6]をマスクとして用いて、電子光学的に非対称な(スリット幅が異なる)二重スリットを形成しました。さらに、左右のスリットの投影像が区別できるようにスリットと検出器との距離を短くした「プレ・フラウンホーファー条件[7]」での干渉実験を行いました。その結果、1個の電子を検出可能な超低ドーズ(0.02電子/画素)条件にて、非対称な形状の二重スリットを通過した電子線の干渉縞の強度分布を、検出器に到着する個々の電子の個数分布として検出しました。この手法を3通りの実験で行うことで、強度分布を、左側のスリットを通過した電子、右側のスリットを通過した電子、両方のスリットを同時に通過して干渉縞を形成した電子の三つに分類し描画できました。この結果は、干渉に寄与した電子のみを検出できる可能性を示しており、両方のスリットを同時に通過して干渉縞を形成した電子を分類する究極の実験「which-way experiment[8]」への手がかりを得る結果といえます。
  共同研究グループは今後、電子検出器の時間分解能を上げるなど現在の電子線技術をさらに発展させ、量子力学の根幹に迫りたいと考えています。
  本研究は、英国のオンライン科学雑誌『Scientific Reports』(1月17日付け:日本時間1月17日)に掲載されます。

※共同研究グループ
理化学研究所 創発物性科学研究センター 創発現象観測技術研究チーム
  チームリーダー 進藤 大輔 (しんどう だいすけ)
  上級研究員 原田 研 (はらだ けん)
大阪府立大学 大学院工学研究科 マテリアル工学専攻
  教授 森 茂生 (もり しげお)
株式会社日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ
  主任研究員 明石 哲也 (あかし てつや)
  主管研究長 品田 博之 (しなだ ひろゆき)

1.背景

  19世紀初頭に行われたヤングの「二重スリットの実験」は、光の波動説を決定づけるだけでなく、電子のような粒子を用いた場合には量子力学の基礎である「波動/粒子の二重性」を示すことが、20世紀半ばにファインマンにより提唱されました注1)。"電子は粒子であるが同時に波動でもあり、1個の電子が二つのスリットを同時に通り抜けたときには干渉する"という不可思議な実験です。ファインマンの時代には「量子力学の真髄を示す思考実験」という位置づけでしたが、科学技術の発達に伴い、ハイゼンベルグが提唱した「不確定性原理[9]」を検証する実験として、さまざまな粒子(光子、電子、原子、分子など)や手法を用いて繰り返し行われてきました。
  この背景には、"1個の電子が両方のスリットを通過した"という実験結果の解釈が、通常の感覚とかけ離れていることが挙げられます。多くの研究者が、"電子が粒子であるならば、その伝搬経路を見いだしたい"と考えるのでしょう。しかし、量子力学は不確定性原理によって、粒子と波動の確定的な同時計測を許していません。そのため、これまでの実験は伝搬経路を見いだしたのではなく、波動/粒子の二重性の不可思議を実証する実験にとどまっています。

注1)『ファインマン物理学(第5巻 量子力学)』 (岩波書店、1967年)

2.研究手法と成果

  今回、共同研究グループは、検出された電子がどちらのスリットを通過したのか解明すること、少なくとも解明のための手がかりや道筋を見いだすことを目標として、実験を行いました。実験では、世界最先端の電界放出形電子顕微鏡[4]と直接検出カメラ、集束イオンビーム(FIB)加工装置[10]などを用い、さらに電子顕微鏡の電子光学系にも工夫を施して、「新しい二重スリット実験」を行いました。その結果、左右のスリットのうち"左側のスリットを通過した電子"、"右側のスリットを通過した電子"、"両方のスリットを同時に通過して干渉縞を形成した電子"の三つに分類し描画することができました(図1)。

[画像]図1 単電子像を分類した干渉パターン
図1 単電子像を分類した干渉パターン

干渉縞を形成した電子の個数分布を3通りに分類し描画した。青点は左側のスリットを通過した電子、緑点は右側のスリットを通過した電子、赤点は両方のスリットを通過した電子のそれぞれの像を示す。上段の挿入図は、強度プロファイル。上段2つ目の挿入図は、枠で囲んだ部分の拡大図。

  具体的には、まずFIB加工装置を用いて、厚さ1マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1mm)銅箔にスリット幅0.12マイクロメートルの二重スリットを作製しました(図2)。そして、日立製作所が所有する原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡(加速電圧1.2 MV、電界放出電子源)を用いて、世界で最もコヒーレンス度の高い電子線(電子波)を作り、電子が波として十分にコヒーレントな状況で両方のスリットを同時に通過できる実験条件を整えました。
  その上で、電子がどちらのスリットを通過したかを明確にするために、電子波干渉装置である電子線バイプリズムをマスクとして用いて、スリット幅が異なる、電子光学的に左右非対称な形状の二重スリットを形成しました。さらに、左右のスリットの投影像が区別できるようにスリットと検出器との距離を短くした「プレ・フラウンホーファー条件」を実現しました。そして、単一電子を検出可能な直接検出カメラシステムを用いて、1個の電子を検出できる超低ドーズ条件(0.02電子/画素)で、個々の電子から作られる干渉縞を観察・記録しました。

[画像]図2 二重スリットの走査電子顕微鏡像
図2 二重スリットの走査電子顕微鏡像

集束イオンビーム(FIB)加工装置を用いて、厚さ1μmの銅箔に二重スリットを加工した。スリット幅は0.12μm、スリット長は10μm、スリット間隔は0.8μm。

  図3に示すとおり、上段の電子線バイプリズムをマスクとして利用し片側のスリットの一部を遮蔽して幅を調整することで、光学的に非対称な幅を持つ二重スリットとしました。そして、下段の電子線バイプリズムをシャッターとして左右のスリットを交互に開閉して、左右それぞれの単スリット実験と左右のスリットを開けた二重スリット実験を連続して行いました。
  図4には非対称な幅の二重スリットと、スリットからの伝搬距離の関係を示す概念図(干渉縞についてはシュミレーション結果)を示しています。今回用いた「プレ・フラウンホーファー条件」は、左右それぞれの単スリットの投影像は個別に観察されるが、両方のスリットを通過した電子波の干渉縞(二波干渉縞)も観察される、という微妙な伝搬距離を持つ観察条件です。

[画像]図3 実験光学系の模式図
図3 実験光学系の模式図

上段と下段の電子線バイプリズムは、ともに二重スリットの像面に配置されている。上段の電子線バイプリズムにより片側のスリットの一部を遮蔽することで、非対称な幅の二重スリットとした。また、下段の電子線バイプリズムをシャッターとして左右のスリットを開閉することで、左右それぞれの単スリット実験と左右のスリットを開けた二重スリット実験を連続して実施できる。

[画像]図4 非対称な幅の二重スリットとスリットからの伝搬距離による干渉縞の変化の様子
図4 非対称な幅の二重スリットとスリットからの伝搬距離による干渉縞の変化の様子

プレ・フラウンホーファー条件とは、左右それぞれの単スリットの投影像は個別に観察されるが、両方のスリットを通過した電子波の干渉縞(二波干渉縞)も観察される、という条件のことである。すなわち、プレ・フラウンホーファー条件とは、それぞれの単スリットにとっては伝搬距離が十分大きい(フラウンホーファー領域)条件であるが、二重スリットとしては伝搬距離が小さい(フレネル領域)という条件である。なお、左側の幅の広い単スリットを通過した電子は、スリットの中央と端で干渉することにより干渉縞ができる。

  実験では、超低ドーズ条件(0.02電子/画素)とその1,000倍の高ドーズ条件(20電子/画素)でプレ・フラウンホーファー干渉縞を記録しました(図5)。すると、非対称な幅の左右それぞれのスリットからのフラウンホーファーパターンに加えて、二波干渉による周期の細かい縞模様が記録されました。
  高ドーズ条件で記録したプレ・フラウンホーファー干渉縞は、両スリットを通過した電子の到達する確率分布を示します(図5b)。そこで、この高ドーズ条件と超低ドーズ条件で記録した個別の電子像から、両方のスリットを通過したと考えられる電子を同定できました。これにより、下段の電子線バイプリズムを用いて個別に記録した、それぞれの単スリットを通過した電子像と二重スリットを同時に通過した電子像から、プレ・フラウンホーファー干渉縞の強度分布を電子の個数分布として、①左側の単スリットを通過した電子、②右側の単スリットを通過した電子、③両方のスリットを通過した電子の3通りに分類して描画できました(図1)。

[画像]図5 ドーズ量を変化させた時のプレ・フラウンホーファー干渉
図5 ドーズ量を変化させた時のプレ・フラウンホーファー干渉

a:超低ドーズ条件(0.02電子/画素)でのプレ・フラウンホーファー干渉パターン。
b:高ドーズ条件(20電子/画素)でのプレ・フラウンホーファー干渉パターン。
c:bの強度プロファイル。

bではプレ・フラウンホーファーパターンに加えて二波干渉による周期の細かい縞模様が見られる。なお、a、bのパターンは視認性向上のため白黒を反転させている。

3.今後の期待

  今回の実験により、量子力学の基礎である波動/粒子の二重性を解明する手がかりを得たと考えています。今後、さらに電子検出器の時間分解能を上げるなど、現在の電子線技術をさらに発展させることで、不確定性原理と干渉現象との関係を実験的に捉えるなど、量子力学の根幹に迫りたいと考えています。

4.論文情報

<タイトル>

Interference experiment with asymmetric double slit by using 1.2-MV field emission transmission electron microscope

<著者名>

Ken Harada, Tetsuya Akashi, Kodai Niitsu, Keiko Shimada, Yoshimasa A. Ono, Daisuke Shindo, Hiroyuki Shinada, and Shigeo Mori

<雑誌>

Scientific Reports

<DOI>

10.1038/s41598-018-19380-4

5.補足説明

[1]波動/粒子の二重性

量子力学が教える電子などの物質が「粒子」としての性質と「波動」としての性質を併せ持つ物理的性質のこと。電子などの場合には、検出したときには粒子として検出されるが、伝播中は波として振る舞っていると説明される。二重スリットによる干渉実験と密接に関係しており、単粒子検出器による干渉縞の観察実験では、単一粒子像が積算されて干渉縞が形成される過程が明らかにされている。電子線を用いた単一電子像の集積実験は、『世界で最も美しい10の科学実験(ロバート・P・クリース著 日経BP社)』にも選ばれている。しかし、これまでの二重スリット実験では、実際には二重スリットではなく電子線バイプリズムを用いて類似の実験を行っていた。そこで今回の研究では、集束イオンビーム(FIB)加工装置を用いて電子線に適した二重スリット、特に非対称な形状の二重スリットを作製して干渉実験を実施した。

[2]干渉、干渉縞

波を山と谷といううねりとして表現すると、干渉とは、波と波が重なり合うときに山と山が重なったところ(重なった時間)ではより大きな山となり、谷と谷が重なりあうところ(重なった時間)ではより深い谷となる、そして、山と谷が重なったところ(重なった時間)では相殺されて波が消えてしまう現象のことをいう。この干渉の現象が、二つの波の間で空間的時間的にある広がりを持って発生したときには、山と山の部分、谷と谷の部分が平行な直線状に並んで配列する。これを干渉縞と呼ぶ。

[3]二重スリットの実験

19世紀初頭に行われたヤングの「二重スリット」の実験は、光の波動説を決定づけた実験として有名である。20世紀に量子力学が発展した後には、電子のような粒子を用いた場合には、量子力学の基礎である「波動/粒子の二重性」を示す実験として、20世紀半ばにファインマンにより提唱された。ファインマンの時代には思考実験と考えられていた電子線による二重スリット実験は、その後、科学技術の発展に伴い、電子だけでなく、光子や原子、分子でも実現が可能となり、さまざまな実験装置・技術を用いて繰り返し実施されてきた。どの実験も、量子力学が教える波動/粒子の二重性の不可思議を示す実験となっている。

[4]原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡、電界放出形顕微鏡

電子線の位相と振幅の両方を記録し、電子線の波としての性質を利用する技術を電子線ホログラフィーと呼ぶ。電子線ホログラフィーを実現できる特殊な電子顕微鏡がホログラフィー電子顕微鏡で、ミクロなサイズの物質を立体的に観察したり、物質内部や空間中の微細な電場や磁場の様子を計測したりすることができる。今回の研究に使用した装置は、原子1個を分離して観察できる超高分解能な電子顕微鏡であることから「原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡」と名付けられている。この装置は、内閣府総合科学技術・イノベーション会議の最先端研究開発支援プログラム(FIRST)「原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡の開発とその応用」により日本学術振興会を通じた助成を受けて開発(2014年に完成)された。電界放出形電子顕微鏡は、鋭く尖らせた金属の先端に強い電界を印加して、金属内部から真空中に電子を引き出す方式の電子銃を採用した電子顕微鏡である。他の方式の電子銃(例えば熱電子銃)を使ったものに比べて飛躍的に高い輝度と可干渉性(電子の波としての性質)を有している。

[5]コヒーレンス

可干渉性ともいう。複数の波と波とが干渉する時、その波の状態が空間的時間的に相関を持っている範囲では、同じ干渉現象が空間的な広がりを持って、時間的にある程度継続して観測される。この範囲、程度によって、波の相関の程度を計測できる。この波の相関の程度が大きいときを、コヒーレンス度が高い(大きい)、あるいはコヒーレントであると表現している。

[6]電子線バイプリズム

電子波を干渉させるための干渉装置。電界型と磁界型があるが実用化されているのは、中央部のフィラメント電極(直径1μm以下)とその両側に配された平行平板接地電極とから構成される(下図)電界型である。フィラメント電極に、例えば正の電位を印加すると、電子はフィラメント電極の方向(互いに向き合う方向)に偏向され、フィラメントと電極の後方で重なり合い、電子波が十分にコヒーレントならば、干渉縞が観察される。今回の研究ではフィラメント電極を、上段の電子線バイプリズムでは電子線を遮蔽するマスクとして、下段の電子線バイプルズムではスリットを開閉するシャッターとして利用した。

[画像]電子線バイプリズム

[7]プレ・フラウンホーファー条件

電子がどちらのスリットを通ったかを明確にするために、本研究において実現したスリットと検出器との距離に関する新しい実験条件のこと。光学的にはそれぞれの単スリットにとっては、伝播距離が十分に大きいフラウンホーファー条件が実現されているが、二つのスリットをまとめた二重スリットとしては、伝播距離はまだ小さいフレネル条件となっている、というスリットと検出器との伝播距離を調整した光学条件。 従来の二重スリット実験では、二重スリットとしても伝播距離が十分に大きいフラウンホーファー条件が選択されていた。

[8]which-way experiment

不確定性原理によって説明される波動/粒子の二重性と、それを明示する二重スリットの実験結果は、日常の経験とは相容れないものとなっている。粒子としてのみ検出される1個の電子が二つのスリットを同時に通過するという説明(解釈)には、感覚的にはどうしても釈然としないところが残る。そのため、粒子(光子を含む)を用いた二重スリットの実験において、どちらのスリットを通過したかを検出(粒子性の確認)した上で、干渉縞を検出(波動性の確認)する工夫を施した実験の総称をwhich-way experimentという。主に光子において実験されることが多い。

[9]不確定性原理

1927年、ハイゼンベルグにより提唱された量子力学の根幹をなす有名な原理。電子などの素粒子では、その位置と運動量の両方を同時に正確に計測することができないという原理のこと。これは計測手法に依存するものではなく、粒子そのものが持つ物理的性質と理解されている。位置と運動量のペアのほかに、エネルギーと時間のペアや角度と角運動量のペアなど、同時に計測できない複数の不確定性ペアが知られている。粒子を用いた二重スリットの実験においては、粒子がどちらのスリットを通ったか計測しない場合には、粒子は波動として両方のスリットを同時に通過でき、スリットの後方で干渉縞が形成・観察されることが知られている。

[10]集束イオンビーム(FIB)加工装置

細く集束したイオンビームを試料表面に衝突させることにより、試料の構成原子を飛散させて加工する装置。イオンビームを試料表面で走査することにより発生した二次電子から、加工だけでなく走査顕微鏡像を観察することも可能。FIBはFocused Ion Beamの略。

以上

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