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1920年代
電気機関車から扇風機まで、そして海外へ

1924年

国産1号の大型電気機関車ED15形の誕生

当時、鉄道省では、東海道本線の電化のために電気機関車の導入計画を進めていましたが、大型電気機関車は全て欧米メーカーに発注することになっていました。そこで、小平は国産電気機関車の製造をめざすことにしました。笠戸工場で車台や車体をつくり、日立工場で電気機器を製作しました。ようやく1924年に、笠戸工場で貨物牽引用の電気機関車の試運転にこぎつけました。結果は上々で、鉄道省には合計3両を納入し、ED15形となりました。

1926年

日立初の輸出品は、「扇風機」

大型品の制作の一方で、日立工場では1916年から扇風機の開発に取り組み、1926年に量産に成功。うち30台が米国に輸出されました。

「パンポン」というスポーツをご存知ですか?
「パンポン」というスポーツをご存じでしょうか?1921年ごろに日立工場で板をラケット替わりにして始まりました。当時の高尾工場長が、板でやる競技だから「パンポン」と命名したといいます。今でも昼休みに構内道路を利用して盛んに行なわれ、全社大会も実施されている日立が生んだスポーツです。

  • 1910年代

    電気機械の製作から始まる日立製作所

  • 1930年代

    業容を拡大し、総合電機企業に躍進