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1910年代
電気機械の製作から始まる日立製作所

1910年

創業の想い

日立製作所を創業した小平浪平は、当時、日本最大の水力発電所の建設に携わる若きエンジニアでした。その地位を投げうって日立鉱山に向かわせたのは、「自らの力で電気機械を製作したい」という学生時代から抱いていた志でした。

日立1号製品「5馬力電動機」

1910年に修理の経験をもとに高尾直三郎が設計し、英国から鉄板加工機械を買い入れて部品を作り、コイルの巻線機を自作して3台つくられました。完成度も高く、山手工場で70年以上も現役として活躍していました。

1919年

日立工場内でおきた工場火災

1919年11月14日未明、日立工場内の大物工場変圧器試験場で火災が発生し、瞬く間に火の手が広がりました。大物工場と事務所、倉庫が全焼し、完成品や仕掛品の多くが焼けてしまいました。日立グループでは、消防隊活動を重視していますが、このような火災事故が大きな教訓となっています。(写真は、大正年間の消防隊訓練)

「日立マーク」は、小平浪平が考案。

「日」と「立」を同心円的に組み合わせたもので、小平浪平が考案しました。外周から上下左右に突き出している4個の突起は、太陽のフレアを表し、「太陽と共に立つ」意気を示しています。
  • 1920年代

    電気機関車から扇風機まで、そして海外へ