長崎県で取り組まれている特徴的な調達プロセスがどのようなものなのかをお伺いします。
日立:
前回(第1回)のご説明で、長崎県では業務システムを構築する際に普遍的なデータというものに着目して、共通のデータベースで管理される情報を基本とする考え方をされていました。そして、共通のデータベースをもとに業務間の相互連携を意識したシステムを業務ごとに開発していくということでした。
では、調達に向けてのプロセスは、最初にデータベースを作り、次に各課の職員さんがデータベースを確認して、最後に発注するための企画書を作るという流れでしょうか。
島村氏:
そうしてしまうと、職員は「自分にはとてもできない」として仕事を投げ出してしまいます。むしろ、次のようにしてはどうでしょう。
業務として毎日携わっているわけですから、どのような改善をしたいかは職員が一番知っていると思います。なら、ポンチ絵(システムとして実現したい画面や帳票の想像図)は絶対書けるはずです。次に、そのポンチ絵を書いた職員にさらに詳しく書けと言わずに、プロのデザイナーに注文してラフなポンチ絵をきれいな絵に仕上げてもらいます。さらに絵が仕上がるのにあわせて、別のプロにお願いしてデータベースのフォーマットを設計してもらいます。最後に絵とデータベースフォーマットが揃ったところで、もう一人のプロに詳しいシステムの設計書(仕様書)を書いてもらいます。
今までのシステム開発では、担当者がITに弱いと感じると経験豊富なSE、それも超がつくようなSEを求めることが多いようです。しかし、3人のプロにお願いして、それぞれが強い分野で仕事ができるよう段取ると、課題は解決できます。
日立:
きれいな絵というのは具体的にはどのようなものなのでしょう。
島村氏:
では詳しくご説明しましょう。
最終的な仕様書は次のようなものになります。具体的にシステムがどう動くか、データベースとのバランスを含めて、画面遷移、業務画面、データベースに格納する項目などがきちんと詳しく書かれたもので、これが最終的な仕様書になります。
仕事を任された担当者というのは、システム開発においてポンチ絵レベルの資料しか作れませんが、発注のときに必要なのは最終的な仕様書です。ポンチ絵とはあまりにも乖離しているので、任された担当者はきちっと仕事をしてくれる超経験豊富なSEが必要と勘違いしてしまいます。
![[写真]島村秀世氏](/Div/jkk/jichitai/interview/staff/staff007/image/002_1.jpg)
しかし、そもそもプロというのは本当に一人じゃないといけないのでしょうか。むしろ最終的な仕様書に至るまでには段階があり、それぞれに求められる能力は異なるのではないでしょうか?
最初の段階ではポンチ絵からきれいな絵にしたいだけです。よってプロに求められるのはデザイン能力だけです。デザイン能力と言ってもWEBデザイン程度の能力です。そして担当者はあがってきたデザインを元に、関係職員との相談を繰り返し、自分なりに必要な機能を詰めていきます。
2段階目は、システムとして必要なデータは何か、またデータをシステム的にどう保持するかを決めることです。操作画面などの絵と違って、システム的な能力が必要なのでSEにお願いします。こちらのSEはデザインされた絵を元に必要な情報を整理しながらデータベースフォーマットを決めていきます。
3段階目は、どの手順で動くのか、どのタイミングでデータを加工し格納するのか、応答時間はどれくらいにするか、システム間連携はどうするかなど細かなシステムの仕組みを決めます。細かな作業なので、ベテランのSEが欲しいところです。
このように一口にシステム開発と言っても、プロに求められる専門分野なり経験がその各段階ごとに異なるのをおわかりいただけるでしょうか?
日立:
最終的な仕様書自身も発注するのですか。
島村氏:
発注します。
この例では、最終的な仕様書を作る前に、二人のプロを使って、「画面とフローの要求仕様」と「データベースの要求仕様」の作成を終わらせています。最終的な仕様書を作る人にとっては、あやふやな部分が少ないので手戻りの心配がありません。
担当の職員一人に対して、プロを三人使いましたが、それぞれの専門分野に集中してもらっているのと業務範囲が明確なのでリスクも少ないですし、受注した側でもあれこれと悩む必要がありません。
日立:
確かに、今までの開発工程と、今島村さんのところでやられている工程は明らかに違いますね。普通は、調達で受注したところが、初期段階の設計から関わっていき、先ほどご説明いただいたポンチ絵と簡単な文言で書かれた仕様書が出てきて、それを受注してスタートするとなりますが、これはもう発注前に設計が進んだ状態のものを最終的に調達にかけているという違いがありますね。
行政機関の発注においては、職員がリスクを負うのが嫌で要求定義から開発・運用まですべてができることを条件に大手の1社にやらせようとすることが多いように感じますが、島村さんの進める調達形式は随分と違いますね。また、実現できているところがすごいですね。
島村氏:
このやり方では、行政職員にシステムのプロになれといっていません。全体の5%くらいをお願いしているだけです。残りの95%はプロにまかせています。
日立:
お話を伺う前までは職員の方がいきなり高度な調達スキルをどうやって持てたのだろうと不思議でした。ちょっとした工夫だけで、リーズナブルでいい形になっていくのですね。単純なアプローチの仕方を変えただけで、別にマジックでもなんでもないですね。
島村氏:
そうです、マジックでもなんでもないです。
日立:
ただ、当初にプロが行う設計部分をどのように調達するのかが気になります。普通、行政の調達は入札にあたって審査など調達そのものに対する事務負担も大きいはずで、数を多くすると行政側もつらいと思いますが。
島村氏:
でも、このように分割すると、作業範囲が限定されるので高額な見積もりをする人はいないですよ。結果的に、ほぼ合見積もりで発注できる金額の範囲になります。ですので、職員はちょっと事務負担が増えるだけです。
日立:
時間制約の問題はいかがでしょうか。お話をお聞きしますと、最終的な仕様書に至るまでに期間をかなりかけているように思われますが。
島村氏:
実際、設計段階ではかかります。しかし、その分、開発時の仕様調整やトラブルが減るので、全体の行程としては安心しながらかつ早くできます。
日立:
発注の回数が多いので、長期になるように見えるけれど、トータルでみると短くなるということですね。
島村氏:
さらに、リスク分散もきちんとできるようになります。仕事量として多くないからリスクも最小限になります。もしミスがあっても、どこで発生しているのかわかりやすくなります。
日立:
それぞれ切り出される作業というのは、毎回違うところにお願いするのですか。それとも、この部分はお付き合いのあるところなど固定化したりするのですか。
島村氏:
複数社に発注しています。このような人材は育てていくべきと思っています。「デザインできる人材」も「システム設計をきちんとできる人材」も地域には必要です。
日立:
ベンダに頼らないようにするために、設計資料としてのフォーマットなり、形式を統一していくことは大変ではないですか。
島村氏:
フォーマットの考え方も少し違います。私も大手ベンダにいたのでフォーマットが大事だというのは知っています。ですが、わざと守っていません。大事なことを忘れられては困るからです。仕様書を読んだ相手がすぐ理解し納得してもらうのが大事なのであって、フォーマットが大事なわけではないからです。
理解してもらうには“絵”や“図”が大変効果的です。この仕様書を見ていただいてわかるように、ほとんど“絵”で構成されています。
日立:
フォーマットを統一していこうということはないんですね。
島村氏:
データベースにある情報をどこにどう表示させたいか、そのときの注意事項は何なのかが正しく伝われば、プログラムは組めます。相手はプロなのですから。
フォーマットに意識が行き過ぎてフォーマットを守ることには熱心だけど、相手が理解できないものになっては困ります。ですからフォーマットを決めるのは、誰もが相手に伝えることの重要性を理解してからでいいと考えます。
日立:
要求仕様が曖昧だから手戻りが起こる可能性があるのであって、要求仕様を絶対押さえるという話でそこに注力しているということですね。
島村氏:
そうです。
最終的な仕様書にどうつくるか細かく書いてありますので、これを受け取る開発者も楽だと思います。データベースも明確ですし、そのデータを画面のどこに表示するかも全部書かれているわけですから。
![[写真]](/Div/jkk/jichitai/interview/staff/staff007/image/002_2.jpg)
長崎市内を走る路面電車
日立:
普通だとそこの検討から仕事をしなければならないですからね。通常は文章しかないのだから。
島村氏:
昔から、百聞は一見にしかずって言っておきながら、今までのシステムでは、「一見」を書いてないことが多いですね。変だと思いませんか。動いて初めてわかるということがよくありますよ。
日立:
設計の段階までがきちんとできていたら、見積りの誤差はきわめて小さくなるし、応札側にもきわめてリスクの小さい調達になりますね。
日立:
最終的な仕様書で、画面とユーザのやりたいことが示されているわけですが、あとはこれ以外に、システムの基盤、全体構成はどのようになっているのですか。
島村氏:
機器構成の話ですか。オープンなものということを基準に最初に決めてしまいます。システムの設計段階で高スペックのサーバを必要としないようにしていますので問題がありません。
日立:
あとシステムのアーキテクチャ的なものの縛りなどはどうですか。
島村氏:
システム間連携の話ですか。システム間連携については、きちんと定義しないと失敗します。そこで、プロトコルを明確に決めてあります。と言っても、指示を伝えるコマンドXMLと処理に必要なデータを伝えるデータXMLを相手側システムに渡すだけのものです。ですので、プロトコルもSMTPを真似たシンプルなものです。
上司と部下の会話みたいなものです。上司はまず何をしてほしいかを指示します。次に、その指示を実行するために必要な資料を渡します。簡単な指示なら資料がないこともありますよね。このときの指示に当たるのがコマンドXMLで資料に当たるのがデータXMLです。
指示を受けた後、部下がどのような道具を使って、どう処理するかについては自由度を持たせています。時代とともに道具や処理手順が変わるからです。でも、指示と資料を相手に伝えるという考えは時代が変わってもあまり変わることがないと思います。今、JAVAのJ2EEが基盤として人気ありますが、将来に渡って人気があるかは誰もわかりません。もっと便利でもっといいものが必ず出てきます。
私は、時代が変わっても、変わらないシステム間のルールを決めておくことが大切だと思っています。
日立:
インフラ機器の調達も当然発生すると思います。行政の調達の場合、物品調達の形態をとっていることが多いですが、そのあたりはどのようにされているのでしょう。
島村氏:
オープンソースを多用していることもあって、特殊なサーバや機器ではなく一般的なものばかりです。特に苦労はありません。
日立:
あとはあえて言うと、物理的な制約、例えばサーバスペースなどはどうされているのですか。
島村氏:
どうも、先ほどから食い違いがあるようです。御社はメーカーと言うこともあって、機器の選定/構成/可用性/セキュリティー/設置スペースまでの責任を全部負われることを想定されているようですが、長崎では行政側が責任を持って機器類は用意します。セキュリティーが心配なら、後でセキュリティー診断の仕事を発注します。
日立:
そのあたりが責任を持つということですね。それができないところが多いから、今の一般的な状態になってしまうのですね。
島村氏:
よく大手メーカーさんが、行政をだまして高いものを買わせているように言われますが、私はそんなことないと思っています。むしろメーカーの皆さんは誠実です。一生懸命現状を調べ提案してくださいますし、細かく考えてきてくださいます。
行政側が面倒くさがって考えないから、結果的に高いものになっているのではないでしょうか。
日立:
それもさきほどご指摘いただいた仕掛けにすると解消していくという感じですね。
(2004年3月16日取材)
第2回は長崎県で取り組まれている調達プロセスの特徴として、仕様書作成段階から複数の専門家に仕事を切り出し仕様の精度を高めるやり方や、行政が責任を持つべきことについてのお話を伺いました。次回はこの調達プロセスを実施してオープンソースで構築のメリットや、既存システム見直しの考え方などをお伺いします。