今の自治体に望むもの
最終回の今回は、現在進行中の「やおよろず」プロジェクトの状況と、自治体、メーカーや社会が人間中心の発想で取り組むことの重要性について語っていただきます。
日立:
来たるユビキタス情報社会がどうあるべきかということで、「やおよろず」という名前のプロジェクトを進められているとお伺いしましたが、概要を教えていただけますか。
![[写真] 黒須正明教授](/Div/jkk/jichitai/interview/person/person006/image/kurosu3_1.jpg)
黒須教授:
これは文部科学省の科学技術振興調整費という予算による先導的研究プロジェクトの一つで、ユビキタス情報社会の設計をめざしています。ユビキタスですから神様のようなパワーのあるコンピューターが世の中に遍在しているという意味で、「八百万(やおよろず)の神」にちなんでこの名前がついています。
この「やおよろず」プロジェクトは、プライバシー保護などに関する法制度面の担当、ライフスタイルのデザイン担当、基礎技術や要素技術の研究担当、それらをシステム的に統合する担当の計4グループで構成されていて、来たる社会のイメージを考えていこうとしています。スタートした昨年度は各グループが自分たちのスタンスを明確にし、今年度から「人間中心の生活」を軸に、必要な技術は何か、それを運用するとどのような問題が起こるかなどを若手の研究者を中心にしてまとめます。来年度までの3年間の計画です。
私どもはライフスタイルのデザインということで、昨年、札幌、秋田、千葉、浜松、別府、湯布院などの自治体で調査を行いました。Webを使った「G to C」の情報提供の仕方、「C to G」での受け口であるBBS(インターネット上の掲示板システム)やML(メーリングリスト)の実態を見てきました。
私の感想としては、BBSがあっても自治体の人口からすればごくわずかな人しかそこには登場していない、非常に活発なMLでも規模に対する参加者の数を考えるとどれだけのことが見えるといえるのか、と疑問に思いました。これが市区町村から都道府県のレベルになった時に、意見提示がどのようになされ、それを誰がどう把握するのか、そして意見集約ができるのかと考えると、まだまだですね。
しかし、それは無理もない話です。現在、民の声を拾う手段としてBBSとMLが主に使われています。これらは元々アメリカのベル研究所という小さな組織の中で研究者同士が使うという目的で考えられたものです。自治体のような大規模な利用者数を前提にしていないわけです。やはり、住民の声を拾うための新しい方法を考えることは、行政の課題でもあり、ベンダーの課題でもあると思います。
もちろん、それが実現してもROM(Read Only Member:読むだけの参加者)、自罰的な人や面倒臭がりな人、ハンディのある人は意見提示をしなかったり、困難を感じたりするでしょう。また、パソコンを持っていない人や買えない人は公共端末から意見を打ち込めばいいといっても、それは面倒なことです。
ですから、そうしたもろもろの問題をなくして全員から意見を吸い上げる仕組みが必要になります。たとえば「やおよろず」プロジェクトでは「ここメモ(*1)」というものを提案しています。これは携帯電話のような端末で、日常生活の現場で不便や問題を感じたら、その様子をデジカメで撮り、位置をGPSで検知して、情報をセンターに送って、そこに情報が蓄積されるようなイメージのものです。
この端末を無料で幼児からお年寄まで全員に配布すると、「一人でいると淋しい」というようなメールが届くかも知れません。潜在的なニーズの顕在化ということで、防犯や治安、それに福祉などいろいろな面で役に立つ情報が集まる可能性は高いと思いますね。
「ここメモ」は、携帯電話の付加機能という形でも良いですから、端末を配ることに関しては問題がないと思います。ただ、それで90数パーセントの人が網羅できたとしても、残り数パーセントの人は漏れてしまうでしょう。その人たちをどう救えばよいかということまで考えなければならないのが行政の大変なところですが、大変でもやらなければいけないのでしょう。
誰もが、どこでも、いつでも。この三つがユビキタスのキーワードですから、その実現に「ここメモ」は有効だと思いますが、トータルのシステムとして考えると現実的な問題がまだまだ多い。たとえば、実験的な規模では問題がなくても、実際に数十万人が毎日何件かずつ情報を寄せ始めたら、民の側の要求を的確に漏れ落ちなく集めるとなると、その膨大な情報を仕分けするソート機能やフィルター機能が必要になります。フィードバックするにしても個別対応だけでなく、この辺りはマスで対応する必要がある場合、人間が仕分けをしていれば判断がつくにしても、機械でそうした判断処理ができるのか、そういったところも解決していかなければならないでしょう。
でも、本当にうまくシステムができれば、これは凄いことです。そうした夢を見ながら、そのための第一歩を考えているのが今の「やおよろず」プロジェクトですね。
日立:
確かに意見を吸い上げる仕組みが便利になりそうですが、反対に意見が反映された結果を戻してくれるフィードバック側の仕組みも迅速でないといけませんね。
黒須教授:
そうなんです、フィードバックはとても大切です。一般のユーザーインタフェースの世界で明らかになったのは、二つのフィードバックが必要ということです。まずは、とにかく入力は受け取りました、というフィードバック。これは端末の画面でボタンが反転してボタンクリックが受け取られたのだなと確認できることなどが例ですね。それと、処理が終わって結果が出るまでの確認フィードバックができること。加えて、処理時間が短いことと、処理内容が的確であること、ですね。
フィードバックはユーザーインタフェース全般の問題で、行政の現場でもまったく同じだと思います。ですから、「ここメモ」でたとえば1日1億件を数百件にソートマージしたとしても、それをまた1億件に再分配しなければならない。そうすると、自分が出した意見のこの辺の部分が取り入れられていなくて、平均値的な回答ばかりが返ってきて、「やっぱり、お役所だな」となる可能性もあります。しかし、将来の行政はITを使ってきめ細かさを出すべきだと思っていますから、研究の価値と必要性はありますね。
日立:
メーカーの中で製品を開発したり、行政において施設やサービスを設計したりする担当者に期待することはありますか。
![[写真] 黒須正明教授](/Div/jkk/jichitai/interview/person/person006/image/kurosu3_2.jpg)
黒須教授:
基本的な問題として、日本は官も民もトップダウン型社会で、非常に柔軟性のない社会だ、ということがあると思います。その結果、現場で人間中心の考え方を持った人が出ても、それが組織全体の考え方にはなかなかなりません。たまたまトップの人が人間中心の考え方を持っていたり、そうした考えに賛同されたりして、全社にお触れが出ればいいのです。そうでないとまずローカルなレベルで抵抗に遭って、そこから先に進みません。「今までこれでやってきたんだから、これでいい」と言われるわけです。
そうした発言は過去の実績に裏づけられていて、評価をしなければいけないのですが、私はこれからの社会で成功の確率を考えた時に、果たしてそれで良いのかと疑問に思います。メーカーで、エンドユーザーが使う機器やシステムの売れる確率を高めるには、ユーザーの立場で謙虚に考え、ユーザーの意見を虚心に捉える必要があります。そういうと、一般的には誰でも「当たり前だ」とおっしゃるけれど、いざ自分が当事者になると今までのやり方からなかなか抜け出せないのが現実です。
そうできない理由は、調査している時間がない、お金もない。そこで、上司に「自分で知恵を絞って考えろ」と言われ、何とか考えて一応動くものを作る。結果として本当にユーザーが必要とするものではなかったことが販売した後で分かる。
ですから、その失敗にかかってしまった費用を考えると、最初から人間中心のアプローチをした方が成功の確率は高くなって、結局は安上がりで済むはずです。企業だけでなく、自治体の方にも考えていただきたいのは、確かに時間もお金も人もかかりますが、利用状況に関する情報をきちんと集めることが必要だということです。人間中心のアプローチにかかる労を惜しんでいると、結果的に大きなロスにつながる、ということを理解していただきたいと思いますね。
日立:
行政が現場の状況や実態を調べないで大規模なシステムを作ってしまうと、社会的なロスが発生して、エコロジーの意味でも将来に問題を残す、ということでしょうか。
黒須教授:
ええ、従来のやり方を踏襲するのはどの社会でもあることでしょう。企業の中でも同じことです。要するに新しいことをやれば責任問題が発生しますから、「失敗したら、腹をくくれるか」と言われれば、「いやまぁ、では今まで通りで」という形になるのが普通です。
ユーザビリティの別の言い方で、クオリティインユース、ものを使うことの品質、利用品質という言う方があります。これは、クオリティオブライフ(QOL)、つまり人生の質や生活の質につながるわけですね。それは国や文化によって違うでしょうから、住んでいる人々の風土の中で、本人が「いい人生を送っている」と自覚できることがユーザビリティの究極の目標だろうと思っています。
そうした目標に向けて、関係する人々の気持ちや考え方を変えるわけですから、もちろん一朝一夕とはいきません。でも、私のような立場の人間が機会あるごとに叫び続けていかないと世の中が変わらないのではないかと考えています。
日立:
ユーザビリティの面で優れたものを作るには、設計の準備段階で調査を十分にするというお話は、メーカーにしろ行政にしろ企画する担当者には耳の痛い話です。個人の自覚だけでなく、職場のグループでそうした必要性を自覚できるようになる方策はありませんか。
黒須教授:
製品や、施設やサービスが出来上がった結果、どういうことが起こるか。それをきちんと予見できるようになる能力が必要ですね。予見するには、これまでにやったことの評価を積み重ねる必要があると思います。現実にはその評価が十分に行われていないと私は考えています。
つまり、この製品は成功したねとか、この事業は失敗したねとか、その理由や原因は何だったのか、それをきちんと説明できるまでは終わりにしない、ということです。これは企画が悪かった。これは企画が良かったけれどタイミングが悪かった等々、そうした失敗分析が不十分だと思います。成功要因の分析も必要です。
製品の開発プロジェクトでは製造ラインに移行した段階が終わりではなく、実際に売り出してから数年間はユーザーの声を観察する。あるいは、3年後にまったく売れなくなったら、誰も使わなくなった原因が一体何であったかを調べて、理由が分かるまではプロジェクトを終了させない。
今の日本の社会では、そうしたことは個人攻撃につながる可能性があるのでなかなか実行しにくいとは思いますが、組織の運用を効率的に改革していくためには、そうした反省が必要です。個人の能力や判断を検討して、問題があれば責める必要はあります。しかし、個人攻撃でなく、あくまで組織全体としてロスがどのくらいになっているかの試算は必要です。そのロスより事前調査に要する費用が少なければ、実態把握の労を惜しむ理由はなくなります。
日立:
公共のバリアフリーやユニバーサルデザインもアクセシビリティの評価手法から発展したと思います。製造業だけでなく、行政も公共事業やサービスの評価手法を確立して、ユーザビリティを高める必要があるということですね。
黒須教授:
やはり、評価から始まると思います。ユーザビリティだけでなく、物事は評価をして問題点が見つかる。それが確認できれば、その問題点を生み出した原因へと遡って解決につながるわけですから、すでにあるものの評価からスタートすることですね。
日立:
先生は最初の教育が大事だとよく指摘されていますが、ユーザビリティやユニバーサルデザインについても子どもの頃からの教育が大切だと考えておられますか。
黒須教授:
教育の中で技術、考え方、ロジックだけでなく、あるいは知識の詰め込みだけでなく、何のために勉強をするのかを教える必要がありますね。そうしないと、動くものを作ればそれで良いと考えたり、証拠がないと自分から動かない人間が育ってしまったりする。自分から主体的に新しいものを考えていこうとする志向性を持った人間が育たないですね。
「三つ子の魂百まで」です。良くないことが起こった場合、問題を起こしてしまった人の責任にして終わりにするのではなく、なぜそこに至ったかを皆で考えるように小さい頃から育てる必要があります。もう少し奥へ突っ込んだ考え方や人間に対する洞察ができるようになる教育が必要だろうといつも考えています。
アクセシビリティを中心とした活動でユニバーサルデザインが進展したのは非常に喜ばしいことだと思います。しかし、現状で満足しないで、これを入口だと思って継続して、若い人たちには本当の意味でのユーザビリティの向上につなげていって欲しいと思っています。
日立:
はい、分かりました。貴重なお話をいただき、どうもありがとうございました。