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第1回 ユーザビリティって、何?

今回は、どこかで見たり聞いたりしたことはあっても、まだまだなじみが薄い言葉、「ユーザビリティ」について基本的なところを語っていただきます。

1. ユーザビリティ研究の動機

日立:
黒須先生は大学で心理学を学ばれて、弊社に入られたと伺っています。そうしたケースは当時では珍しかったと思います。先生が25年前に製造業を志望された理由、それとユーザビリティの研究を始められた動機、その辺りからお話をいただけますか。

[写真] 黒須正明教授

黒須教授:
私は、性格的に勘違いしやすいし、物忘れしやすく、そそっかしい。ですから、いろいろなものを器用に使いこなすことが難しい。裏を返すと、上手くモノを使いこなせない人の痛みが分かるというユーザビリティ研究に向いた性格なんですね。

それは私だけでなく、認知心理学の権威で『誰のためのデザイン?』の著者、ドナルド・ノーマン先生や、テクニカルコミュニケーション(情報を整理して分かりやすく伝える技術)の分野で著作の多い筑波大学の海保博之先生も同じように言っておられます。

加えて、性格が「他罰的」です。耳慣れない言葉だと思いますので少し説明しておきますと、他罰的の反対が「自罰的」。自罰的な性格であれば、何かあると「あっ、僕が悪かったんだ、僕の能力が足りないんだ」というふうに考えます。逆に他罰的だと、「何で僕が使えないんだ。これを開発した人が悪いんだ」という見方になります。

他罰的である私は、何か使えない道具があると、これは開発する人にもう少し知恵を吹き込んで考え方を改めさせて改善しないと、私自身が苦労をする、それは不愉快だと考えます。こうした性格が私のユーザビリティ(情報機器やソフトウェアの使いやすさ)研究に対する個人的な背景としてあると思います。

大学では心理学だけでなく人間工学も研究していましたが、これは人間の身体生理的な側面と人工物との適合性を考える分野です。ところが、世の中にコンピューターが入ってくるようになり、ハードウェアよりもソフトウェアが重要な位置を占めるようになってきた。使える・使えないの原因が体でうまく操作できるかどうかではなくて、頭で分かるかどうかに変わってきました。そうしたテーマは狭義の人間工学ではなく、心理学や認知心理学の領域になりますから、心理学の工学的アプローチとして「心理工学」を研究したいと思っていました。その頃は、インタフェース(情報や信号のやり取りを行なう二つ以上のものが接する接点や境界面、共用される部分の仕様やルール)という概念はありましたが、ユーザビリティという言葉はなくて、心理工学という学問分野もまだありませんでした。

そして、製造業である日立製作所に入るチャンスがたまたまありまして、この新しい分野を研究してみようと思いました。私が日立に入社した頃というのは、モノ作りの方面で心理学を学んだ人材がぼちぼちと注目され始めた時期でした。マンマシンインタフェース(人間とコンピューターが情報をやり取りするための接触面や仕組み)という言い方はありまして、マンのほうを担当する人間工学の人はいましたが、心理学をやっていた人はほとんどいませんでした。企業の中で心理学の観点からインタフェースの問題に携わっていたのは、私以外にIBMの研究所と日本電信電話公社(現NTT)の研究所に1人ずつの、計3人だけという状況でした。

「使いやすさ」という概念もまだ明確でなかった頃ですが、人間の特性に適合したモノの方が売れるだろうということで、最初はワープロ専用機のハードウェアやソフトウェアに関するマンマシンインタフェースの改善に取り組みました。会社からそうした仕事をするように指示されたというよりも、仕事を自分のテーマに引っ張ったという方が正確だと思います。

2. マンマシンインタフェースからユーザビリティへ

日立:
マンマシンインタフェースやユーザーインタフェース(コンピューターからユーザーへの情報の表示やユーザーからコンピューターへの入力指示に関する操作感)という言葉は数年前はよく耳にしましたが、最近はそれがユーザビリティに置き替わったのでしょうか。それとも、概念が変わったので用語も変わったのでしょうか。

[写真] 黒須正明教授

黒須教授:
人間には心理学的な特性があります。それを理解しないで道具を作ると、うまく使えなくて失敗したり、使い方が分からなかったり、分かっても使い方が覚えられなかったりといった問題が発生します。その解決に心理学の知識を使っていこうというのが基本的な姿勢です。

以前からマンマシンインタフェースという言葉がありました。これは人間と機械ですから、人間の身体的・生理的側面には関係しますが、心理にまでは立ち入らないという人間工学のニュアンスが強かったと思います。次にコンピューターが出現して、使う人のことをユーザーというようになりましたから、ユーザーインタフェースという言葉に変わって、心理の側面も入ってきました。

ユーザーインタフェースでは、ヒューマンコンピューターインタラクション(HCI:Human Computer Interaction)という人間とコンピューターが何らかの情報をやり取りする場面で、ユーザーに相対する人工物のコンピューターを改善しようとするのですが、二つの考え方がありました。システム側に主軸を置くタイプと、人間側に主軸を置くタイプです。

システム主軸の考え方からは、ビジュアライゼーション(コンピューター画面の視覚化)やバーチャルリアリティ(仮想現実)の技術などが生まれ、現在のグラフィカルユーザーインタフェース(GUI:Graphical User Interfaceの略。コンピューター側からユーザーに対して情報を表示する際に、視覚的な画像を多く利用するインタフェースのこと)、グループウェア(組織やグループにおいてコミュニケーションの円滑化を図ったり、生産性や業務効率を高めるために活用されるソフトウェア。電子メールや共用データベース、ワークフローなどの機能を提供する)やエンターテイメント系の分野で花開いたと思います。しかし、私から見ると、その後の展開があまりない状況で現在に至っていると思います。システム主体に考えると、人間にとってどういう意味があるかより、どうしても工学的な興味に走って、目新しくて面白そうなものを追求しますから、結果として種が尽きてきつつあるのではないでしょうか。

そうした動きに対して、人間主軸の考え方のグループは、ユーザー側から考えなければどんなにいろいろなオモチャを作っても、人間の生活が豊かになるわけがないと主張していました。最初はシステム主軸グループの勢いが強かったのですが、やがて人間側からの視点が重要だということにまとまってきたのが1990年代の半ば頃です。この頃からユーザビリティという言葉が表に出るようになりました。

加えて、米国のヤコブ・ニールセン氏がユーザビリティの概念定義を出したり、国際規格のISO9241-11(ユーザーの行動と満足度の尺度によって、ユーザビリティを規定又は評価する場合に、考慮しなければならない情報を、どの様にして認識するかを説明している)が発表されたりしました。こうして概念が整理され、ユーザビリティが広まったのが1990年代の後半です。この10年間で、ユーザーインタフェースからユーザビリティへ入れ替わったというより、人間中心への重点のシフトですね。私は、あくまでもユーザビリティはユーザーインタフェースという概念の中にある一つの研究分野だと位置づけています。ですから、この両者は対立するものではなくて、ユーザーインタフェースのアプローチの中に技術志向と人間志向とがあって、人間志向のアプローチがユーザビリティという名前を持って非常に明確な輪郭線を持つようになってきた、と考えています。

3. ユーザビリティとは、人間の生活と能力の適合

日立:
ユーザビリティという言葉自体は1980年代からあったようですね。

[写真] 黒須正明教授

黒須教授:
いろいろな領域で使われていて、ニュアンスが違っていたり、時代と共に意味が変化したりしています。『ユーザビリティ工学』を出版したヤコブ・ニールセン氏は、機能性や性能を意味するユーティリティと、使いにくくしている問題点をなくすユーザビリティを対比しています。評価をして、問題があればそれをなくすのがユーザビリティ活動で、ユーザビリティが高いというのはそうした問題点が出ないことを意味するのが、ニールセン氏の定義でした。

このユーティリティとの対比でユーザビリティが使われていた時代は、ユーザビリティ不遇の時代だといえます。多機能性がユーザビリティと相反する場合があるからです。製造業の開発者は、少々使いにくいところがあっても、とにかくいろいろな機能があった方が楽しいし、性能が高いと評価されて売れるだろうと考えます。ユーティリティに力点を置いて開発を行い、ユーザビリティをなかなか評価しません。

当時は、ユーザビリティが使い勝手のバグのようなものと思われていました。信頼性を損なったり、ソフトウェアが動かないバグは、誰でも一生懸命に直します。一方、ユーザビリティに関するバグは、熱心に対策を考えない。なぜなら、人間は非常に適応力が高いので、ユーザー側で何とかしてしまうからです。それに、正しい操作手順を示しておけば、その通りにすればできるという言い逃れもエンジニア側にはあったわけです。ですから、評価をベースにして問題点を無くしていくユーザビリティの概念は企業の中ではなかなか注目を浴びませんでした。

日立:
ところが、ユーザビリティの国際規格であるISO13407-11が発表されて、それを基にしたJIS Z8530(ISO13407を日本語に翻訳したもの)を作る委員会ができ、その委員長を先生が担当されて、世の中の意識改革が進んだわけですね。

黒須教授:
そうですね、ユーザビリティはプロセスマネジメントであるということです。人間中心の考え方に立って、設計の上流工程、つまりどういうものを作るか基本構想の段階からユーザーにとって意味のあるものを、使えるように提供することが大事で、効果・効率・満足度を共に実現するように、概念のシフトチェンジを行ったわけです。結果として、それまでのユーザビリティをスモールユーザビリティ、それ以降をビッグユーザビリティと区別して使うことがあります。

ニールセン氏の定義でいえば、ユーティリティ(実用性、有益)とユーザビリティ(有用性、使用可能なこと)を合わせた「ユースフルネス(有効性、役に立つこと)」に非常に近い概念です。ユースフルも日本語には訳しにくい言葉ですが、人間の生活に本当に適合したものという意味ですね。

それで、人間の生活と能力に適合したものが、現在ではユーザビリティであると考えられるようになってきました。そう考えると、人間が非常に多様な特性を持っていることを前提に考える必要があります。障がいの有無、年齢、高齢者であるかどうか、体のサイズ、それから人種、民族、あるいは文化、言語ですね。それから一時的なものでは、妊娠している、ケガをしているなど。多様な人々がこの世の中には住んでいますから、そういう違いのすべてに関して考えていきましょうというふうになってきました。

一方、ユニバーサルデザインも対象領域が広がって、やはり人間はみな同じではないということから、ユニバーサルユーザビリティという概念を米国メリーランド大学のベン・シュナイダーマン教授が提示しています。

ですから、過去にはユーザビリティの意味もいろいろとあったのですが、この言葉を使うそれぞれの領域が段々と統合されて、ユーザビリティという一つの言葉にいろいろな特性が包含され、落ち着いてきたのが、つい最近のことです。

4. ユーザビリティ、アクセシビリティ、そしてユニバーサルデザイン

日立:
この「CyberGovernment Online」でも「アクセシビリティ向上の重要性」というテーマでコラムを連載中ですが、ユニバーサルデザインとアクセシビリティ、それにユーザビリティとの関係はどう考えたらよいのでしょうか。

黒須教授:
ユニバーサルデザインにも二通りの考え方があると思います。一つは障がい者対応から高齢者対応に発展した流れ、もう一つは最初からすべてのユーザーに対応しようという流れです。私のアプローチは後者の流れですね。設備や道具を使う人やサービスを受け取る人の方に焦点を当てて、その人たちが物質的にも精神的にも豊かな生活を築き上げられるようにする。そのためにあるのがユニバーサルデザインで、私の中ではユーザビリティデザインと基本的には同義です。

ユーザビリティとアクセシビリティの関係については、本処理と前処理と考えたらどうかと私は思っています。身体障がい者や視覚障がい者が目的とする場所や道具にアクセスできないバリアがあれば、それをなくそうというのがバリアフリーです。最初からそうした問題がないようにするのがユニバーサルデザインです。アクセスは接近ですから、目的とする施設や道具に近づけるかどうかがアクセシビリティの話。アクセスした後で使いやすいかどうかがユーザビリティです。別の言い方をすれば、ユニバーサルデザインは、従来からあるアクセシビリティとユーザビリティといった二つの領域から成り立ち、それらを補完し統合的に捉えて工業製品や情報システムなどに活かしていく考え方であるともいえます。

日立:
そして、アクセシビリティとユーザビリティの重なり合う領域が、高度情報化社会の現在とても注目を浴びているわけですね。

(2003年7月28日取材)

以上の説明で、ユーザビリティの歴史と関連する言葉との関係がご理解いただけたのではないでしょうか。次回は、行政におけるユーザビリティについて詳しくお伺いします。