![[イメージ]ソムリエ](/Div/jkk/cyberfront/cgov/cgs/image/som.jpg)
こんにちはソムリエです。
今週、ショールームに「特別なお客さま」をお迎えすることができました。
盲導犬のアンドリュー君です。
ショールームの訪問を大変うれしく思ってくださったようで、シッポをブンブンと振りながらのご来場でした。
私は盲導犬と間近に接したのが初めてだったので、どのようにご案内したらいいのか、最初戸惑っていたのですが、「こちらへどうぞ」という私の声や身振りにアンドリュー君はすぐに反応し、もちろん障害物はきれいに避けてユーザの方を誘導していました。
デモンストレーション後のトークタイムでは、ユーザの方の足元で「待機モード」に入っていたのですが、そこでちょっとしたハプニングが……
どこからともなく「ガー、グー」と少々大きめの息づかいが聞こえてきます。なんと、アンドリュー君はいびきをかきながらの「リラックスモード」に突入していたのでした。
「アンドリュー君も慣れないところに来て、お疲れなんでしょうか?」とユーザの方に伺いましたら、「盲導犬はすごくストレスが溜まるのではないか、とよく聞かれるんですがそんなことはないんですよ。こんな風に待つ間はいつも寝てますしね。それよりも働いて役に立つことが何よりもうれしいんです」というお答えが。
勤勉なアンドリュー君を見習い、私もご来場の皆様のお役に立つことを喜びそして楽しんでいきたい、と思いを新たにしました。
そして、今回、ユビキタス情報社会の「いつでも、どこでも、何でも、誰でも」というキーワードの、「誰でも」を実現するための貴重なヒントを得ることができました。
「誰でも」の「誰」は、一人一人異なるニーズや尺度を持っています。例えば「大きい文字」といったらフォントのサイズを14ポイントにする人もいますし、20ポイントにする人もいるでしょう。
特に何らかの障がいをもっている方々の「障がい」は千差万別であり、それを乗り越えるにはそれぞれに合った対応が必要になります。
ということは、素材を万人向けに加工するよりも、素材のまま提供し各人が自由に加工できる方が結果的に利用者のすそ野を広げることになるのかもしれません。
もちろん提供者や制作者の権利は守りつつ、素材と、各人が使いやすい形態に加工できる手段を提供することが、この「誰でも」を実現する近道になるのではないでしょうか。
皆様はどう思われますか?